雪月花
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その30  「蓮の室礼 1 ”源氏物語の蓮”」

2014年9月6日

真夏の暑さも一段落し、涼しい風が吹くようになりましたね。

皆様、お元気にお過ごしでしょうか。

 

夏11

「蓮のポプリ」

 

厳しい日本の夏をしばし忘れさせてくれるかのように

大きな葉を揺らしながら気品漂わせ咲く”蓮の花”。

数ある植物のなかでも、

この花に特別な感情を抱かれる方も多いことでしょう。

私も多分に漏れずその一人なのですが、

香りを仕事としているものとして

蓮のポプリ」を創作するのあたっては、かなりの思い入れがありました。

今回は、完成までに至る過程を三回にかけて

蓮のお話とともにお伝えしたいと思います。

どうぞ、ご覧下さい。

 

「源氏物語の蓮」 

 

夏の蓮花の盛りの頃、

源氏の年の離れた正妻“女三の宮”の出家を祝って

持仏開眼の法要が盛大に執り行われることとなりました。

正妻とはいえ、

あまりに幼い“女三宮”に感心を寄せていなかった源氏の君ですが、

彼女の出家の決意を聞いたときにみせた狼狽と執着は

読むものを驚かせることでしょう。

失うと思うと急に惜しく感じてしまう、

人間のサガというものが良くあらわされているなと感じます。

源氏が彼女のために用意した仏具や持経は

目を見張るほど美しいものばかりで、

場面では馥郁と薫物の香りが漂います。

 

源氏物語「鈴虫」与謝野晶子訳

「・・・仏前の名香には

支那の百歩香(ひゃくぶこう)がたかれてある。

阿弥陀仏と脇士(きょうじ)の菩薩が

皆白檀で精巧な彫物に現されておいでになった。

閼伽(あか)の具はことに小さく作られてあって、

白玉と青玉で蓮の花の形にしたいくつかの小香炉には

蜂蜜の甘い香を退けた

荷葉香(かようこう)が燻(く)べられてある。

・・・薫物をけむいほど

女房たちがあおぎ散らしているそばへ院はお寄りになって、

空だきというものは

どこでたいているかわからないほうが感じのいいものだよ。

富士の山頂よりも

もっとひどく煙の立っているのなどはよろしくない・・・」

 

「・・・仏前には支那の百歩香が焚かれています。

白檀で作られた神聖な阿弥陀仏と菩薩が飾られ、

貴重な玉を蓮の花形に彫刻した小さく可愛らしい香炉には、

夏の香り“荷葉”の練香が

蜜を控えて涼しげにその香りをたなびかせていました。

・・・また高価な薫物を煙いほどに焚きしめ女房たちが

あおぎ散らしている様子を見た源氏の君は

”空薫きはどこで焚かれているのだろうか

と思うほどに控えめなのが良いのですよ。

富士のお山よりも煙がたなびいては風情がありません”

と女房たちをいさめるのでした・・・」

 

香りに包まれた、おごそかな仏事の様子が目に浮かんできますね。

彼女は14歳であどけない少女のまま

父親のような源氏のもとに嫁ぎました。

が、やがて忍んできた“柏木(かしわぎ)”という青年との密通により

不義の子を身ごもってしまいます。

やがてその秘密は源氏の知るところとなり、

罪の重さに耐えかねた柏木の死や自らの苦悩から

男の子を出産した後に若くして出家の道を選ぶのでした。

こうして不幸にも不義の子を自分の子供として抱くことになった源氏の君ですが、

この事実はかつて己が犯した罪を再現するものだったのです。

源氏は若き頃、実父の后である“藤壺の君”に恋した末、

不義の子を産ませてしまいます。

彼の脳裏には、わが子と疑わず赤子を抱き上げ喜ぶ

父の顔が浮かんできたことでしょう。

罪の報いをこうしたかたちで現実に受け

彼の心は複雑に揺れ動くのでした・・・。

 

川瀬花ハス7

 

平安時代の末法思想

 

源氏物語に登場する女性たちは、

藤壺にはじまり

朧月夜空蝉六条御息所女三宮浮舟

次々に出家の道を選びますが、

果たしてそれはどうしてでしょう?

平安時代はちょうど釈迦入滅後二千年にあたり、

悟りを得る者は一人としていなくなるという

”末法思想”が流布された時代でした。

さらに天変地異による飢饉や疫病が続いて起ったことも

平安人の不安をあおり末法の世の到来を予感させたのでしょう。

人々は阿弥陀如来に救いを求め

仏への帰依に基づいた出家への憧れが強くなっていったのです。

また、一夫多妻の男性主導の世の中で

たいへん弱い立場にあった女性たちの唯一の逃げ道が、

仏の道に身を投じることでした。

源氏物語の姫君たちは

出家することでようやく心の平安を得、

愛に翻弄されることなく

自らの人生を生きることができたのかもしれません。

 

女三宮の出家の様子を描いた「鈴虫の巻」は、

夏の盛りということで蓮池が描かれています。

蓮は仏教との関わりが深い神聖な花で、

仏は大海に咲いた蓮華の上に現れるとされました。

このおごそかな仏事に備えられた

支那の百歩香」とは、

唐より伝わった薫衣香(くのえこう・衣に焚きしめる香)の優れた処方の名称で、

百歩先までその香りが感じられるほどの名香です。

また、愛らしい香炉には夏の香り「荷葉(かよう)」が焚かれています。

この香は基本となる練香「六種の薫物(むくさのたきもの)」のひとつで、

夏に葉を広げる蓮葉の印象をとらえ

甘さを控えて涼しげに調合されました。

盛夏に執り行われた女三宮の開眼供養

という場面を彩るにふさわしい香りといえるでしょう。

 

六種の薫物                                                                                            鳩居堂製「練香・六種の薫物」

 

『六種の薫物』

春「梅香」・・・梅の花になぞられた華やかな匂い

夏「荷葉」・・・蓮の花になぞられた涼しい匂い

秋「菊花」・・・菊の花に似た匂い

冬「落葉」・・・木の葉の散る頃のあわれの匂い

その他に季節を問わないもう2種の処方があります。

「黒方」・・・身にしみわたる香り

「侍従」・・・秋風が吹くようにもののあわれを感じさせる香り

 

「源氏物語」の文中に登場する六種の薫物のそれぞれの香りは、

季節やその時々の人々の心情をみごとに反映し、

場面場面の臨場感を引き立てているのです・・・。

 

 

 

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