雪月花
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その32 「蓮の室礼 3 ”蓮のポプリ”」

2014年 9月12日

 

蓮の香り

 

泥の中に咲く神秘的な花 ”蓮”。

結実したその実の重さ頭をもたげ

種を水中へと落として生涯を閉じるこの花に

特別な想い抱く方も多いことでしょう。

私自身も水面からスクッと頭を出し

ユックリと蕾を開かせる姿をながめる時、

まるでが集められていくかのような眩しさ感じるのを不思議に思うのです。

 

 

その花は、早朝5時から6時にかけて少しずつ花びらを開き始めます。

主に雄蕊から放散されるという芳香は、

真夏の厳しい陽差し浴びるにつれ

水面の蒸気と相まって甘い香りをあたり一面に漂わせるのでした。

開いては閉じるを3日ほど繰り返した花びらは、

やがて力を失うかのようにホロリを散りゆき、後には青い花托のみが残ります。

蜂巣の実の成熟とともに固くしわがれ

褐色へと変化していった花托は、

20日の後には生命の全て子孫へと託し

頭をもたげ力尽きていくのでした。

 

蓮花 (2)

 

「蓮の実のポプリ」には、

再生を願って終焉を迎えた様々な植物を取り合わせて

器に盛り付けましょう。

姿楽しい木の実たち・種を宿した草々花のサヤさらに、

ツル何だかわからないけれども面白いドライとなった植物も加えましょう。

皆それぞれにをまっとうし枯れてもなを輝きをうしなってはいません。

 

香りには、強い香気の中にも魅力的な甘さを秘めた3種の香辛料に、

神聖な白檀安息香丁子の精油を加え、

水面のようにキラキラと輝く龍脳の結晶を加味して

天上の花にふさわしい高貴な香りにしあげます。

 

~蓮の実のポプリ~

 

香料

大茴香     2ヶ

丁子       小さじ半分

シナモン     2本

龍脳       小さじ半分

匂い菖蒲根    小さじ1

白檀オイル    3滴

丁子オイル    1滴

安息香オイル   2滴

 

 

匂い菖蒲根(刻みオリスルート)を小袋にとり、

3種の精油を垂らしてよく揉み込みます。

大きな密閉できるパックに蓮の花托や木の実をあわせ、

大茴香・丁子・シナモンをあらく砕き龍脳も加えましょう。

すべての材料をザックリ合わせましたら、

密閉し2~3週間熟成させてください。

やがて個々に主張していたの香りの角がとれ、

お互いが寄り添うように一つの完成された芳香へと仕上がります。

 

 

その香りは「素直な心のままに身を委ねられる香り」

と言ったら良いでしょうか。

奥深くそして気品あふれる芳香が部屋をそっと包み込みます。

 

熟成が完了しましたら

蓮の魅力をひきたてる器を選びキレイに盛り付けてみましょう。

このポプリは、蓮の花咲く盛夏ではなく

心静まる秋からから冬にかけて飾っていただく室礼となります。

 

 

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私が選んだのは伊万里の焼き物です。

大中小とあるそれぞれの器には、

ゆったりと泳ぐ亀さんと水草・水紋が描かれていますが、

上野の不忍池の蓮池にたくさんの亀がいたのを思い出し

この器を選びました。

 

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お料理のように中高にそして立体的にポプリを盛り付けます。

 

共にしつらえたお軸は、泉福寺「装飾華厳経切」そうしょくけごんきょうきり)。

平安時代に写経されたものです

 

平安時代、写経は本格的な書写に先立ち、

貴重な紙を漉き一巻の巻物に作ることから始まりました。

この泉福寺の華厳経は、

藍の染料で染めた紙の繊維を再びに溶き漉きあげた上に

金の揉み箔を散らした美しい料紙が使われています。

釈迦入滅後、

二千年を経過すると悟りを得る者は一人としていなくなるという末法思想は、

飢饉や疫病の続く平安人に不安をつのらせ、

末法の到来を予感させるものでした。

人々は阿弥陀如来に救いを求め、浄土信仰が盛んとなります。

そうして仏への帰依に基づいた写経は、盛んに行われる事となるのでした

 

このお軸との出会いは、父が亡くなった時でした。

父の葬儀の時、古物を扱っている義兄がそっと飾ってくれたのです。

私の心が、現世を去り天へと召した父へと向かっていたからでしょうか。

連なる端正な文字を眺めていると、

何とも表現しがたい美しさに心が引き込まれます。

 

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それ以後このお経が

私の心から離れることはありませんでした。

一年を経た頃、

父の供養にぜひ写経を飾りたいと思い立ち

義兄に相談したところ、このお軸を譲ってくれたのです。

それからこのお軸は、わたしの無二の宝物となりました。

 

蓮のポプリと共にしつらえると

香りとともに、目を伏せて静かに微笑む

頑固で一途だった父の面影が思い出されます・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2014年09月13日 up date

その31 「蓮の室礼  2 ”浄土の香り”」

2014年9月6日

 

浄土の香り

 

『維摩経(ゆいまきょう)』というお経の中に、

香積如来(こうしゃくにょらい)が住まわれるという

「衆香国(しゅうこうこく)」のお話が記されていますのでご紹介しましょう。

その国は一切がでつくられております。

楼閣はかぐわしい香木でできており、園にある植物は香樹香花に満ち、

食する香飯(こうぼん)の香りは世界の隅々にまで漂うほどで、

これを口にしたものは心身が安楽になり

全身から芳香を発するようになるといわれます。

香積如来は言葉による説法はおこなわず、

香樹の下でただ種々の香りを聞かせて天人たちを導きます。

菩薩たちは妙なる香りを嗅ぐことで仏の教えを理解し

一切徳蔵三昧」の境地へと導かれるのです。

 

敦煌の壁画には、

神聖な蓮華の香りを振りまいて教えを説く香積菩薩の絵が描かれています。

衣がユッタリとたなびき大変優美なお姿ですね。

 

敦煌の壁画

「蓮香を振りまく香積菩薩」第61窟

香積菩薩

「蓮・100の不思議」

蓮文化研究会著書/ 出帆新社より

 

 

神秘に満ちた香りには、

魂を震わせ心を正す力が秘められているのでしょうか。

古代エジプトの神殿でアラーの神に捧げられた薫香

教会の大きく揺れる銀香炉より白く立ち昇る香煙

そして仏前で僧侶の読経とともに焚かれると、

いにしえの時代より祈りの場では香りが重要な役割を担ってきました。

 

人々は香りに包まれることで

神聖な空間に結界をつくるようにその場を清浄へと導き、

おおいなる神と交信する手立てとしてきたのでしょう。

人知の及ばない天が生み出した妙なる芳香には、

言葉を尽くした説法にも勝る

宿っていることを改めて思うのでした・・・。

 

2014年09月06日 up date

その30  「蓮の室礼 1 ”源氏物語の蓮”」

2014年9月6日

真夏の暑さも一段落し、涼しい風が吹くようになりましたね。

皆様、お元気にお過ごしでしょうか。

 

夏11

「蓮のポプリ」

 

厳しい日本の夏をしばし忘れさせてくれるかのように

大きな葉を揺らしながら気品漂わせ咲く”蓮の花”。

数ある植物のなかでも、

この花に特別な感情を抱かれる方も多いことでしょう。

私も多分に漏れずその一人なのですが、

香りを仕事としているものとして

蓮のポプリ」を創作するのあたっては、かなりの思い入れがありました。

今回は、完成までに至る過程を三回にかけて

蓮のお話とともにお伝えしたいと思います。

どうぞ、ご覧下さい。

 

「源氏物語の蓮」 

 

夏の蓮花の盛りの頃、

源氏の年の離れた正妻“女三の宮”の出家を祝って

持仏開眼の法要が盛大に執り行われることとなりました。

正妻とはいえ、

あまりに幼い“女三宮”に感心を寄せていなかった源氏の君ですが、

彼女の出家の決意を聞いたときにみせた狼狽と執着は

読むものを驚かせることでしょう。

失うと思うと急に惜しく感じてしまう、

人間のサガというものが良くあらわされているなと感じます。

源氏が彼女のために用意した仏具や持経は

目を見張るほど美しいものばかりで、

場面では馥郁と薫物の香りが漂います。

 

源氏物語「鈴虫」与謝野晶子訳

「・・・仏前の名香には

支那の百歩香(ひゃくぶこう)がたかれてある。

阿弥陀仏と脇士(きょうじ)の菩薩が

皆白檀で精巧な彫物に現されておいでになった。

閼伽(あか)の具はことに小さく作られてあって、

白玉と青玉で蓮の花の形にしたいくつかの小香炉には

蜂蜜の甘い香を退けた

荷葉香(かようこう)が燻(く)べられてある。

・・・薫物をけむいほど

女房たちがあおぎ散らしているそばへ院はお寄りになって、

空だきというものは

どこでたいているかわからないほうが感じのいいものだよ。

富士の山頂よりも

もっとひどく煙の立っているのなどはよろしくない・・・」

 

「・・・仏前には支那の百歩香が焚かれています。

白檀で作られた神聖な阿弥陀仏と菩薩が飾られ、

貴重な玉を蓮の花形に彫刻した小さく可愛らしい香炉には、

夏の香り“荷葉”の練香が

蜜を控えて涼しげにその香りをたなびかせていました。

・・・また高価な薫物を煙いほどに焚きしめ女房たちが

あおぎ散らしている様子を見た源氏の君は

”空薫きはどこで焚かれているのだろうか

と思うほどに控えめなのが良いのですよ。

富士のお山よりも煙がたなびいては風情がありません”

と女房たちをいさめるのでした・・・」

 

香りに包まれた、おごそかな仏事の様子が目に浮かんできますね。

彼女は14歳であどけない少女のまま

父親のような源氏のもとに嫁ぎました。

が、やがて忍んできた“柏木(かしわぎ)”という青年との密通により

不義の子を身ごもってしまいます。

やがてその秘密は源氏の知るところとなり、

罪の重さに耐えかねた柏木の死や自らの苦悩から

男の子を出産した後に若くして出家の道を選ぶのでした。

こうして不幸にも不義の子を自分の子供として抱くことになった源氏の君ですが、

この事実はかつて己が犯した罪を再現するものだったのです。

源氏は若き頃、実父の后である“藤壺の君”に恋した末、

不義の子を産ませてしまいます。

彼の脳裏には、わが子と疑わず赤子を抱き上げ喜ぶ

父の顔が浮かんできたことでしょう。

罪の報いをこうしたかたちで現実に受け

彼の心は複雑に揺れ動くのでした・・・。

 

川瀬花ハス7

 

平安時代の末法思想

 

源氏物語に登場する女性たちは、

藤壺にはじまり

朧月夜空蝉六条御息所女三宮浮舟

次々に出家の道を選びますが、

果たしてそれはどうしてでしょう?

平安時代はちょうど釈迦入滅後二千年にあたり、

悟りを得る者は一人としていなくなるという

”末法思想”が流布された時代でした。

さらに天変地異による飢饉や疫病が続いて起ったことも

平安人の不安をあおり末法の世の到来を予感させたのでしょう。

人々は阿弥陀如来に救いを求め

仏への帰依に基づいた出家への憧れが強くなっていったのです。

また、一夫多妻の男性主導の世の中で

たいへん弱い立場にあった女性たちの唯一の逃げ道が、

仏の道に身を投じることでした。

源氏物語の姫君たちは

出家することでようやく心の平安を得、

愛に翻弄されることなく

自らの人生を生きることができたのかもしれません。

 

女三宮の出家の様子を描いた「鈴虫の巻」は、

夏の盛りということで蓮池が描かれています。

蓮は仏教との関わりが深い神聖な花で、

仏は大海に咲いた蓮華の上に現れるとされました。

このおごそかな仏事に備えられた

支那の百歩香」とは、

唐より伝わった薫衣香(くのえこう・衣に焚きしめる香)の優れた処方の名称で、

百歩先までその香りが感じられるほどの名香です。

また、愛らしい香炉には夏の香り「荷葉(かよう)」が焚かれています。

この香は基本となる練香「六種の薫物(むくさのたきもの)」のひとつで、

夏に葉を広げる蓮葉の印象をとらえ

甘さを控えて涼しげに調合されました。

盛夏に執り行われた女三宮の開眼供養

という場面を彩るにふさわしい香りといえるでしょう。

 

六種の薫物                                                                                            鳩居堂製「練香・六種の薫物」

 

『六種の薫物』

春「梅香」・・・梅の花になぞられた華やかな匂い

夏「荷葉」・・・蓮の花になぞられた涼しい匂い

秋「菊花」・・・菊の花に似た匂い

冬「落葉」・・・木の葉の散る頃のあわれの匂い

その他に季節を問わないもう2種の処方があります。

「黒方」・・・身にしみわたる香り

「侍従」・・・秋風が吹くようにもののあわれを感じさせる香り

 

「源氏物語」の文中に登場する六種の薫物のそれぞれの香りは、

季節やその時々の人々の心情をみごとに反映し、

場面場面の臨場感を引き立てているのです・・・。

 

 

 

2014年09月06日 up date
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