雪月花
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ブログ更新 その90「江戸時代の画帖・大和絵に描かれた王朝の暮らし」

2019年2月10日

 

美しい画帖をご紹介しましょう。

これは江戸時代につくられた「堂上方御詠 十二ヶ月色紙和歌画帖」です。

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一年の移り変わりを月ごとに詠んだ和歌と

その和歌に即した大和絵が添えられたもので

王朝人の雅な暮らしが描かれています。

上記はその一枚目、一月(睦月)の「根引き松」の様子です。

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添えられた和歌は

「初子(はつね)の日 よはひを延への 小松はら

                  ひく手に千代の 春やちきらむ」

                              准三宮(じゅんさんぐ)

~初子の日、寿命を延ばす霊力があるという小松を引く手に、千世の春をお約束いたしましょう~

 

正月初めの子の日を初子(初音)といい、

古来より小高い丘にのぼり四方を望むと陰陽の気が定まり煩悩が取り除かれる、

という言い伝えがありました。

平安時代の貴族たちは、

この日皇室の狩猟所である紫野や北野などに出かけ、

小松を根付きのまま引き抜いたり、

凍える大地より芽吹いた若菜を摘んでは親しい人々へと贈り合い、

羹(あつもの・吸い物のこと)に食して一年の健康と長寿を願うのでした。

 

 

この画帖をめくっていると、

日本人の暮らしが自然とともにあったことがよく解ります。

もうすこしこの画帖を詠み砕き、

皆様に新刊にてご紹介したいと考えていますので楽しみにお待ちください。

 

 

 

 

 

2019年02月10日 up date

ブログ更新 その89「猫のサスケさんのこと 2」

2018年12月18日

 

今お気に入りの寝床、フカフカマットです。

 

本当は丸いベットの上にある掛物の中にはいると暖かいのですが

この子には暑すぎるようでいつも上に寝ています。

先日、ダンボールをカットしてお屋根を作りました。DSC_0162

 

夜にカバーを降ろしてあげるとちょうど良いようです。ゆっくり寝てくださいね。

 

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遊ぶのも大好き。

紐の先に”またたびスプレー”をシュッシュッとすると

一生懸命つかまえようと頑張ります。

 

男の子はいつまでも子供らしくて可愛いですね。

 

そして、この目は「トントンしませんか~」の合図です。

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トントンとは、一緒に横になって私の腕におさまり

お尻をトントンすること。

 

 

 

自作の”サスケさん子守唄”を歌いながら

毎日必ずするスキンシップです。

 

頭を押し付けて、グルグル喉を鳴らしながらお休みします。

 

甘えん坊のサスケさんのおかげで

私にとってもリラッスクできる大切なひと時となりました。

 

ちなみに子守唄は、こんな感じです。

「トントントンのサスケさん

可愛いね~。たぬきさん~。

 

サスケはトントン、いつでもいい子。

ポンポコリ~ンのたぬきさん~。」

 

自分でもおかしいなんて思いますが、

子供がいない私にとって

お母さん気分にさせてくれる時間です。

 

親バカならず猫バカともいうのでしょうか。

お読みくださり、ありがとうございました。

 

お寒くなってきましたね。

どうぞ皆さまご自愛のうえ、素晴らしい新年をお迎えください。

 

宮沢とし子

 

 

 

 

 

 

 

2018年12月18日 up date

ブログ更新 その88「猫のサスケさんのこと 1」

2018年12月15日

 

いつも寝てばかりの猫のサスケさんです。

生徒の皆さんがいらしているときには、のっそりと現れウロウロして回ります。

じつはお客様が大好きなのです。

 

この子は保護猫で、

父が亡くなった翌年にボランティアの方から私が引き取らせていただきました。

 

段ボールの中をのぞくと、6匹ほどの兄弟の中でひと回り大きく

おっとりとした様子でそこにいたのです。

 

迷いもなくこの子を抱き上げ家へと迎え入りました。

 

 

この表情は、おやつ頂戴の目力です。

 

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早速大好きなチュールをあげましょう。眼が真剣すぎてちょっと恐い…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サスケさん、じつは小さいころに大病をしました。

血栓が詰まり急に後ろの両脚が動かなくなってしまったのです。

 

それでも脚を引きずりながらおトイレに行こうとする姿に涙が流れました。

 

病院で薬を投与しましたが、

あまりに副作用がひどく吐きまくるのでお医者さまも治療ができない状態。

ロッカーのような病室に入れられたサスケは、

まるでボロぞうきんのように毛並みの艶がなくなり

どうなってしまうのか本当に心配でなりませんでした。

 

好きなキャットフードをもって毎日お見舞いに行きましたが、

もう治療はできないということで退院することになりました。

 

家に帰ったことで少し落ち着いた様子になりましたが、

毛が抜け落ちた肌をなめないように

薬を塗って包帯を巻くのが大変で

母と格闘しながらの毎日です。

 

 

先生から血の流れをサラサラにする錠剤をいただきましたが、

この薬は気休めていどのものなのでこの子は長生きができないでしょう。

と伝えられました。

 

それでもサスケさんの生きる力が勝っていたのでしょう。

今年で18歳の立派なおじいさんになりました。

 

当初は脚で耳の後ろをかくこともできず

宙を舞うばかりの脚の代わりにカリカリしてあげていましたが

少しずつ本当に少しずつ身体の機能も快復していきました。

 

書いていたら色々なことを思い出してしまいました。

本当に元気になってくれて良かった。

今では私の唯一無二の存在です。

 

つづく・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年12月17日 up date

ブログ更新 その87「タイサンボクの花」

2018年6月21日

 

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今日は夏至の日。

一年で一番、日が長い日。

 

梅雨の晴れ間となったこの日

サーと目に飛び込んできたタイサンボクの花。

 

 

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それは見事に厚い花ビラをユッタリと広げ

二輪寄り添うように咲いていました。

 

別名「マグノリア」というこの花はモクレン科の植物で

初夏の訪れとともに高貴な芳香を放ちながら開花します。

 

花言葉は人生の展望が開けていくさまをあらわした「前途洋洋」。

 

その花言葉にふさわしいかのように

堂々と正面を見据えているかのような凛とした花姿は

気品に溢れ見るものを魅了してやみません。

 

なにかとても良い出会いをしたような

 

そんな気持ちにさせられる一日となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年06月25日 up date

ブログ更新 その86「受け継がれる日本の暮らし~包む~2」

2018年5月

 

受け継がれる日本の暮らし ~包む~ 2

 

~包む~

では“包む”という行為は、

いったいどのようにして始まったのでしょうか。

もともとは大切な食べ物を

“分ける””運ぶ“という利便性から生まれたのかもしれません。

 

布や紙などがまだ無かった古代の人々は、

大きな葉で食料を包んだり竹筒に水をつめるなど

身近にある植物を利用してきました。

熊笹・月桃・柏など自然の植物にはすぐれた抗菌・防腐効果がそなわっており

包むだけで食料を保存する効力も発揮したことでしょう。

 

 

手の平のような大きさの柏の葉  Quercus dentata.JPG

古事記には供物を柏の葉に盛ってお供えする記述がみられます。

 

 

今回は物を包むのに適した

「布織物」について考えてみましょう。

経糸と横糸を交互に編み込み、

薄い平らな面の状態に仕立てたものが布織物です。

布の制作にあたって、

人類は初め植物の草や蔓またその繊維を利用ました。

 

~麻~

縄文時代すでに人々は、

楮や芭蕉・葛などの繊維で織った布で身体覆い敷物などに用いていました。

縄文時代の遺跡からは

大麻(おおあさ)で編まれた縄が、

弥生時代の遺跡からは大麻の織物が出土しています。

縄文土器の美しい文様は、

撚った紐を押し当てたり転がしたりしてつけられのです。

 

「古事記」にも登場する麻という植物は、

やがて日本の宮中祭祀に欠かせない神聖な植物となっていきます。

天皇が即位した後、

初めておこなわれる新嘗祭「大嘗祭」では、

天皇は「麁服(あらたえ)」と呼ばれる大麻で織られた衣を着用されます。

戦後GHQにより有害性のある大麻の栽培は全面禁止となりましたが、

朝廷祭祀を司ってきた氏族の末裔にあたる

徳島の三木家により特別に栽培が許され調進されます。

 

Cannabis sativa - Köhler–s Medizinal-Pflanzen-026.jpg

大麻草

 

麻の繊維と繊維をはいだ後に残る麻幹(おがら)

 

 

 

~絹~

次に、軽くしなやかで美しい光沢を放つ絹織物をみていきましょう。

絹は紀元前300年ごろ(弥生時代)、

中国より稲作の技法とともに伝来しましたが、

長い間日本では粗雑な製品しか作ることができませんでした。

ゆえに飛鳥時代に貴族が身にまとっていた絹織物は、

ほとんどが渡来の製品で大変高価な貴重品だったわけです。

 

やがて日本に帰化した中国や朝鮮の職人たちにより、

少しずつ織物の技術が発展していきます。

当時の人々にとって貴重な布や生糸は、

中国の租税にならい

日本でも朝廷への貢物としておさめることが長く義務づけられていくことになります。

 

繭玉「小石丸(こいしまる)」

 

奈良時代より飼育されてきた古来の蚕品種「小石丸」は、

小粒ゆえ生産量が半分ほどに少なく

飼育も難しいため姿を消す運命をたどっていました。

皇室では代々宮中の御養蚕所(ごようさんじょ)で蚕を育て絹を紡いできましたが、

小石丸の生育を中止する議論がなされたとき、

美智子皇后が残すことを主張され存続されることになります。

 

1950年代の紅葉山御養蚕所(大正3年の皇居内に建てられました)

 

それから二十年の月日が流れた後の1993年、

正倉院御物の裂復元事業がはじまると

現在の改良された生糸では品質が劣っているため復元に適さないことが判明します。

復元を依頼された川島織物は、

古代種である小石丸の生糸が最適と判断し

小石丸繭の御賜下(ごかし)を願い出、

その申し出に快諾された陛下は

さらなる量産を約束し長期に渡り小石丸繭を提供されるのでした。

 

極々細くしなやかで

光沢も素晴らしい高品質な生糸は、

こうして貴重な天平時代の文化財を復元させる手立てとなったのです。

  • 114317
  • 紅葉山御養蚕所と正倉院裂復元のその後 皇后陛下喜寿記念特別展

 

 

 

~綿~

実用性に優れた綿織物は絹より後、

奈良時代に入りようやく日本の歴史に登場してきます。

平安時代、愛知の砂浜に漂着したインド船によって

綿花の種が日本に伝わったことが記録に残されていますが、

その栽培は難しくなかなか成功しませんでした。

室町時代になってようやく日本の気候風土のあった品種が朝鮮より渡来し、

国産綿花の栽培が始まることになります。

 

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綿花畑

 

庶民の衣服は長く麻織物が主流でしたが、

柔らかく吸水性にすぐれ扱いやすい綿は、

日本人の暮らしへと急速に取り入れられていくことになります。

 

麻・絹・綿と代表的な織物の歴史を見てきました。

人の暮らしになくてはならない布織物は、

身体を保護するだけでなく

暮らしの様々な場面で無くてはならない製品となり、

やがて人々は様々な知恵をふくらませ

「包む」という行為を発展させていことになるのです。

 

正倉院の平包み

 

布ぼく 正倉院蔵

正倉院御物「平包み」

 

 

平らな布を広げ物を包むという文化は世界中に見られますが、

奈良時代の正倉院御物にも残されていますのでご紹介しましょう。

 

正方形に仕立てられたこの平布は、

舞楽の装束を包み

片側につけられた紐で固定して唐櫃へと保管されていました。

平安時代には「古路毛都々美(ころもつつみ)」と呼ばれ、

右下に内容物がわかるように墨書がなされています。

 

こうした便利な布がやがて現代にも残る風呂敷へと発展していくことになるのです。

 

 

 

2018年05月13日 up date
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