雪月花
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ブログ更新 その99 茶の湯と着物「御所解帯と梅絞りの帯揚げ」

2021年2月

 

これから少しずつ、茶の湯や着物についてのお話も綴っていきたいと思います。

どうぞ宜しくお願い致します。

 

私が茶道に出会ってから、かれこれ四十五年もの月日が流れました。

お稽古とともに自然と着物に触れ合う機会も増え、次第に自ら装うことが楽しくなり

やがて茶の湯と着物は、私の人生において欠くことのできない大切なものとなったのです。

 

日常とかけ離れた空間である茶室に座っていると、

不思議と五感が研ぎ澄まされていくのを感じます。

 

敷き詰め清められた畳の優しい感触。

大地を感じさせるイグサの匂い。

茶葉のうまみを最善にまで引き上げた抹茶の深き芳香。

赤々と燃える炭の熱は、電気やガスで生み出される暖かさとは段違いに心地よく、

鉄釜から立ち昇る湯気と相まって身体全体をフワッと包んでくれるのです。

 

また、職人によって丁寧な仕事がなされた様々なお道具には四季の趣が写され、

謙虚で控えめな日本人の慎みの美を感じることができるでしょう。

 

日本を知るには、何よりも茶の湯を学ぶことが一番といわれます。

どうぞ機会がございましたらお席にお座りになってみてください。

足を崩しても良いのですよ。

お作法にとらわれず、一服の抹茶を自分なりに味わってみてください。

きっと、この国に生まれた喜びと意味を感じることになるでしょう。

 

 

しかしながら、

現在は残念なことにコロナによる謹慎生活が続き、

茶室に入る機会も少なくなりました。

それにともない着物を着ることも大幅に減少しましたが、

今回は久しぶりに京都の老舗より和装小物を買い求めましたのでご覧いただきましょう。

 

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左「きねや」綸子梅絞り帯揚げ

右「ゑり正」小花絞り帯揚げ

「ゑり正」丸ぐけ・吸い上げぼかし帯締め

 

和装小物を扱う京都の「きねや」さんは、終戦より70年続く名高い老舗です。

和装バッグの「小町袋」などオリジナルのデザインを数々制作しており

その華やかさは「きねや好み」として多くの着物ファンの心をとらえてきました。

千家十職の袋師である土田友湖先生の袱紗も販売しているのは流石ですね。

 

ずーと憧れていた赤い梅絞りの帯揚げ。

帯から少し覗く朱の梅花が、とっても華やかで愛らしいのです。

 

また、同じく京都の和装小物店「ゑり正」さんからは

初夏に身に着けたい爽やかな水色の帯揚げと帯締めを選びました。

 

帯締めには三つの種類があります。

一般的に用いられているのは紐を平らに組んだ「平組の帯締め」でしょう。

その他に、紐を丸く組む「丸組帯締め」、

そして細長い布に芯をいれて丸型にくける「丸ぐけ帯締め」があります。

 

成人式の振り袖などによく用いられる丸ぐけですが、

ゑり正さんのお品は細めに仕立てられており、

カジュアルな小紋からフォーマルな訪問着まで着物を選ばず使用できます。

また、丸ぐけは柔らかい雰囲気を生みだしますので着る人を優しい印象へと導くことでしょう。

涼しげな水色に染め上げられた丸ぐけ帯締め、

今から締めるのがとっても楽しみです。

 

 

次に、御所解帯(ごしょどきのおび)をご紹介しましょう。

 

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「ちりめん御所解染帯」ぎをん斎藤

 

 

平安時代の宮廷好みに源氏物語や能などの文化的要素が盛り込まれた華やかな紋様のこの帯は、

御所解帯(ごしょどきのおび)といわれるものです。

 

上質な布に王朝文化を思わせる伝統的な紋様を染め上げ、

細かな疋田絞り(ひきたしぼり)や京刺繍を施した帯は、

大変贅沢なお品で庶民の手には届かない高位の人々のものでした。

 

江戸中期から後期にかけて武家や公家の女性に愛されたといわれる御所解帯。

その名前の由来は、この様に伝えられています。

 

江戸時代、御殿勤めをしていた侍女たちには退職金の代わりに美しい小袖が配られました。

やがてそれらは小物商へと売られていくことになるのですが、

高価な着物はそのままの状態でなく、小袖を解いて裂として市中に出回ります。

こうしたいきさつからこの文様は「御所解」と称されるようになったのです。

 

とてもおもしろいお話しですね。

当時はそれほど憧れの文様だっのでしょう。

 

なんとも雅ではんなりとした御所時の着物や帯は、

その後、明治時代になっても女性の憧れであり続け

現代にまでその美しさを伝えているのです。

 

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菊花・萩・女郎花に芒の細葉でしょうか。

菊花を彩る疋田絞りには金糸の縁取り刺繍がほどこされています。

 

私は、京都祇園の呉服店「斎藤」さんで求めましたが、

疋田の加減や刺繍の位置そして色合いも自由に相談にのってくださいます。

 

白抜きした友禅染に色を合わせていく作業は大変楽しく、

伝統的な金糸の縁取りや日本刺繍の鮮やかな絹の縫目の美しさは、

身に着ける人だけでなく集う人々をも

華やかな気持へと導いてくれることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年02月05日 up date

ブログ更新 その98 「神事・稚児天冠」

2021年1月

 

古びた木箱とともに、時代を帯びた天冠が手元へと届きました。

 

輝いていたであろう金銅は緑青がふき、いたるところに欠けも見られます。

でも何故かその姿はリンと美しく、大変心惹かれるものでした。

 

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時代『金銅鳳凰垂下飾り稚児天冠』

 

日本には、神々に祈りをささげる神事が大切に継承されてきました。

人々は祈りを通して、国家の安泰と暮らしの平安そして様々な困難を乗り越えてきたのです。

 

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長きに渡り幼い子供の頭に飾られてきたと思われる稚児天冠。

見詰めながら様々に思いを巡らしていると、ふと以前目にした古神宝が頭に浮かびます。

それは京都・下賀茂神社の東本殿に祀られている国宝の天冠で、

江戸時代の式年遷宮の折に調整されたものでした。

 

金銅製の盤を、押し鬘(かずら)と呼ばれる山形の透かし彫りにして三方に巡らし、

正面に双葉葵の飾りをほどこしたうえ、

両側面には日陰蔓をかたどった長い組紐が垂らされています。

 

なんともいえない神秘をまとったこの御天冠は、

下賀茂神社の祭神である玉依媛命の冠として大切に保管されてきた社の宝なのです

 

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東日本大震災復興祈念特別展
   「神々への祈り」2012年 

「古神宝 御天冠」 享和元(1801)年 下鴨神社

 

下賀茂神社の調度品は、

宮廷文化の影響を色濃く残しているといわれます。

それは、起源古くはるか奈良時代まで歴史を遡ることができる故なのでしょう。

 

さあ、私のもとへときてくれた天冠をどのように飾りつけましょうか。

 

台は、神事にふさわしい朱塗りの三宝と決めました。

そして冠座の敷布には、雅な有職裂を用いることに致しましょう。

子供それも女の子の頭にかぶる冠ですので愛らしい印象の裂を探します。

 

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こちらの裂はいかがでしょう。

ぼかした三段染の色合いが大変華やかで美しいですね。

敷布には房飾りも付けることにいたしましょうか。

 

さあ、どんな室礼になるでしょう。

完成のあかつきには皆様にぜひご覧いただきたいと思います。

どうぞ今しばらくお待ちください。

 

 

 

 

 

 

2021年01月21日 up date

ブログ更新 その97 「有職文様裂」

2020年8月14日

 

山陰地方の老舗に

制作をお願いしていました有職裂が届きました。

 

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大変美しい有職文様の裂です。

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アップにするとその文様と色合いが良く判りますね。

上品な光沢を放つこの裂は不思議なことに上下を変えて眺めると

片方からは赤が、そして片方からは緑が際立って見えるのです。

 

美しく織り上がった有職裂、いつまで眺めていても飽きることがありません。

 

 

有職文様とは平安時代から朝廷や武家の装飾品に使われていた文様で、

平安貴族の衣装(束帯、十二単)や調度品などの装飾に用いられた優美な織物のことをさします。

 

 

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この写真は、昨年東京国立博物館で特別公開された時に配られたパンフレットの表紙で

美しい高御座(たかみくら)と御帳台(みちょうだい)が映し出されています。

 

令和元年(2019年)10月22日から11月10日にわたって執り行われた

新天皇ご即位にともなう儀式は大変趣深く、皆様の記憶に刻まれたことでしょう。

 

平安時代初期に確立されたという「即位礼正殿(そくいれいせいでん)」と呼ばれる宮中儀式は、

千年の時を超え大切に踏襲されてきました。

 

厳粛な儀式は各国の元首や使節が参列する中、執り行われ

 

天皇陛下は、御束帯(ごそくたい)黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)をお召しになり

正殿松の間に置かれた高御座にお昇りになられました。

 

続いて、御五衣(おんいつつぎぬ)・御唐衣(おんからぎぬ)・御裳(おんも)をお召しになられた皇后陛下が御帳台にお昇りになり、

 

その後天皇陛下のおことばが述べられたのです。

 

 

 

儀式後に一般公開された国立博物館の会場では、

高御座・御帳台をグルッと周り、後ろ側も見ることができました。

 

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天皇陛下・皇后陛下が祭壇に登られた階段には

このような美しい錦の有職裂が引かれていたのですね。

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日本独特の宮廷文化が花ひらいた平安時代の貴族に好まれた紋様は、

鮮やかであり雅であり、私たちの心を惹きつけます。

 

 

私は今回制作していただいたこの裂を用いて、

香炉などの香道具をおさめるための小筥を制作しようと考えています。

 

爪を差し込んで封とする古典的なデザインの「有職文様小筥」。

 

どうぞ楽しみになさっていてください。

大変美しい筥となることでしょう。

 

宮沢

 

 

 

2020年08月14日 up date

ブログ更新 その96 「散華(さんげ)」

2020年 6月17日

 

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時代金銅蓮華唐草文透かし華籠(けこ)

仏像蓮華台残片・鎌倉時代

 

新型コロナウイルスの世界的流行は未だおさまりをみせておりませんが、

日本をはじめ各国は様々な取り組みをもって試行錯誤を重ね、経済活動の再開を試みております。

 

私のお教室も、6月より講座を再開させていただきました。

 

「本当に久しぶりに電車に乗りました。」

とおっしゃりながらいらしてくださった生徒さんとともに

お亡くなりになられた多くの人々の冥福を祈り「散華」の室礼を整えます。

 

 

「散華(さんげ)」

 

「・・・欽明天皇7年(538年)、百済の聖明王の使いで訪れた使者が天皇に

金堂の釈迦如来像一体と経典数巻・仏具などを献上した・・・」

 

まだ日本という国名はなく「倭の国」と呼ばれていた時代、

海を渡ってきた異国からの使者が飛鳥の地の天皇のもとへと訪れます。

 

果たしてこの瞬間より、日本という国に仏教という教えが根付いていくことになりました。

 

そしてこの出来事により、自然の中に見出されてきた人々の信仰の対象が、

眼に見えるものとして具現化されていったのです。

 

553年「日本書紀」には日本最古の仏像制作の記録があり、

607年には法隆寺が創建され、

752年には聖武天皇により東大寺の大仏開眼供養が執り行われました。

 

もともと日本では、身近に咲き乱れる植物を切り取り飾るという習慣があまりありませんでしたが、

こうして寺院に安置された神々しい仏像を前に

“美しい花をたむけると”

いう行為が定着していったのです。

 

「一花を以て一仏に散ぜば 花に因よりて尽く 弥陀を見ることを得ん」

 

と仏典に説かれているように、

様々な儀式において献花がおこなわれるようになりました。

 

 

“お釈迦様がお生まれになったときインドの神々が喜んで空から花を降らせた”

という故事に基づいておこなわれる「散華」も、

奈良の東大寺や唐招提寺・薬師寺などの重要な法会のおりに欠かせない習わしとなっているのです。

 

 

散華は、華籠(けこ)と呼ばれる器に蓮の花びらを盛り

声明に合わせて撒き散らしていきます。

 

 

今回は、

銅板を皿型に打ち出し宝相華唐草文を繊細に切り抜いた金銅器に、

胡粉が清らかに残る鎌倉時代の連弁をソッと供えます。

 

 

コロナの流行は人類の歴史に残る悲劇として伝えられていくことでしょう。

 

そして自然を欲望のままに破壊してきた人類は、

ここから大切な何かを学ばなければいけないでしょう。

 

宮沢

 

 

 

2020年06月17日 up date

ブログ更新 その95 「訶梨勒(かりろく)」と「霊絲錦(れいしきん)」

2020年4月

 

香道志野流における香席の本歌といわれている

志野流十五世・蜂谷宗意(1803~1881年)の香席 「松陰軒」。

 

端正な十畳敷の京間には、向かって右に本床、左に天袋を備えた脇床が設えられ、

その様式は京都銀閣寺の義政公お好みの香座敷、

「弄清亭(ろうせいてい)」を模しているといわれます。

 

本床には掛け軸と香炉を置いた卓が置かれ、

脇床の志野棚には、乱れ箱に納めた香道具や火取母などが、さらに文台には硯が設えられます。

 

そして中央にあたる床柱には「訶梨勒(かりろく)」を、

脇床下座の管柱には「霊絲錦(れいしきん)」と呼ばれる掛け香が飾られるのです。

 

今回は、こうした志野流の伝統的な二種の掛け飾りを制作してみました。

資料がありませんので写真を参考にして制作したものです。

どうぞご覧ください。

 

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「訶梨勒(かりろく)」

 

 

訶梨勒とは、中国・インドシナ・マレー半島に産するシクンシ科の落葉高木樹で、

その果実は褐色の卵型をしており薬用として大変に有効であるほか、

その香りの高さから香料としても用いられました。

 

そして室町時代には、象牙や銅・石などでこの実をかたどり、

美しい白緞子や白綾の袋に入れ緋色の組緒を結んで床柱や書院などに飾る風習が生まれたのです。

 

 

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「霊絲錦(れいしきん)」

 

こちらは「霊絲錦(れいしきん)」と呼ばれる香席飾りで、

隅切り型の箱の中には香木や香料が納められました。

 

香席は、沈香と呼ばれる香木の微妙な芳香を鑑賞する席ですので

なるべく香りがあるものは持ち込まないという約束事があります。

 

そのため生花などは飾れませんので、

造花や花結びを用いた室礼などで季節感を演出するのですが、

霊絲錦の表面裏面には四季を感じさせる絵柄が用いられ、

飾る時に使い分けて季節感をあらわしました。

 

今回は、色留袖の絵柄であった美しい山水画を用いて制作してみました。

布には天然の綿を挟み、柔らかな風情に仕上げてあります。

 

訶梨勒・霊絲錦ともに大変趣深いお飾りですね。

こうした掛け香は、

邪気を祓う魔除けの意味合いを含んでいたと思われます。

 

まだまだ研究の余地があるかと思いますが、

これからも試行錯誤を重ね日本の美しい文化の一端をお届けして参ります。

 

 

 

 

 

 

 

2020年04月24日 up date
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