雪月花
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ブログ更新 その91「七夕 梶の葉」

2019年4月5日

 

今日は、桜日和の週末となりました。

今年の桜を皆さまどちらでご覧になっているのでしょうか。

私はここ数年、目黒河沿いの夜桜に足を運びます。

 

水面にうつる赤ちょうちんと桜の花は、それは美しく

見飽きることのない景色を目に焼き付けます。

 

そしてまた、年のせいでしょうか。

最近では、健康であることがいかに大切かを感じるようになりました。

 

好きなところに好きな時に、

自分の足で行くことができるということは、本当に素晴らしいことですね。

 

あたりまえのことが当たり前にできるように

弱っていく足腰を保ちながら齢を重ねていきたいと思います。

 

 

 

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今年は、皆さまと七夕の室礼を制作したいと考えています。

 

試行錯誤の結果、ようやく納得のいく梶の葉ができあがりました。

 

平安時代「乞巧奠(きこうでん)」と呼ばれていた七夕の節供では、

梶の葉に歌合わせの和歌を書きつけたのです。

 

墨ののりが大変よく平たく丈夫な梶の葉は、

庭先にしつらえたお供台に飾ったり

つの盥(たらい)とよばれた桶に水をはり浮かべるなどしました。

 

たいへんきれいな形の葉ですね。

 

さあ、これからデザインをまとめあげていきましょう。

 

お教室では 5月6月にかけて制作したいと思います。

どうぞ、楽しみになさっていてください。

 

 

 

2019年04月06日 up date

ブログ更新 その90「江戸時代の画帖・大和絵に描かれた王朝の暮らし」

2019年2月10日

 

美しい画帖をご紹介しましょう。

これは江戸時代につくられた「堂上方御詠 十二ヶ月色紙和歌画帖」です。

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一年の移り変わりを月ごとに詠んだ和歌と

その和歌に即した大和絵が添えられたもので

王朝人の雅な暮らしが描かれています。

上記はその一枚目、一月(睦月)の「根引き松」の様子です。

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添えられた和歌は

「初子(はつね)の日 よはひを延への 小松はら

                  ひく手に千代の 春やちきらむ」

                              准三宮(じゅんさんぐ)

~初子の日、寿命を延ばす霊力があるという小松を引く手に、千世の春をお約束いたしましょう~

 

正月初めの子の日を初子(初音)といい、

古来より小高い丘にのぼり四方を望むと陰陽の気が定まり煩悩が取り除かれる、

という言い伝えがありました。

平安時代の貴族たちは、

この日皇室の狩猟所である紫野や北野などに出かけ、

小松を根付きのまま引き抜いたり、

凍える大地より芽吹いた若菜を摘んでは親しい人々へと贈り合い、

羹(あつもの・吸い物のこと)に食して一年の健康と長寿を願うのでした。

 

 

この画帖をめくっていると、

日本人の暮らしが自然とともにあったことがよく解ります。

もうすこしこの画帖を詠み砕き、

皆様に新刊にてご紹介したいと考えていますので楽しみにお待ちください。

 

 

 

 

 

2019年02月10日 up date

ブログ更新 その87「タイサンボクの花」

2018年6月21日

 

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今日は夏至の日。

一年で一番、日が長い日。

 

梅雨の晴れ間となったこの日

サーと目に飛び込んできたタイサンボクの花。

 

 

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それは見事に厚い花ビラをユッタリと広げ

二輪寄り添うように咲いていました。

 

別名「マグノリア」というこの花はモクレン科の植物で

初夏の訪れとともに高貴な芳香を放ちながら開花します。

 

花言葉は人生の展望が開けていくさまをあらわした「前途洋洋」。

 

その花言葉にふさわしいかのように

堂々と正面を見据えているかのような凛とした花姿は

気品に溢れ見るものを魅了してやみません。

 

なにかとても良い出会いをしたような

 

そんな気持ちにさせられる一日となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年06月25日 up date

ブログ更新 その86「受け継がれる日本の暮らし~包む~2」

2018年5月

 

受け継がれる日本の暮らし ~包む~ 2

 

~包む~

では“包む”という行為は、

いったいどのようにして始まったのでしょうか。

もともとは大切な食べ物を

“分ける””運ぶ“という利便性から生まれたのかもしれません。

 

布や紙などがまだ無かった古代の人々は、

大きな葉で食料を包んだり竹筒に水をつめるなど

身近にある植物を利用してきました。

熊笹・月桃・柏など自然の植物にはすぐれた抗菌・防腐効果がそなわっており

包むだけで食料を保存する効力も発揮したことでしょう。

 

 

手の平のような大きさの柏の葉  Quercus dentata.JPG

古事記には供物を柏の葉に盛ってお供えする記述がみられます。

 

 

今回は物を包むのに適した

「布織物」について考えてみましょう。

経糸と横糸を交互に編み込み、

薄い平らな面の状態に仕立てたものが布織物です。

布の制作にあたって、

人類は初め植物の草や蔓またその繊維を利用ました。

 

~麻~

縄文時代すでに人々は、

楮や芭蕉・葛などの繊維で織った布で身体覆い敷物などに用いていました。

縄文時代の遺跡からは

大麻(おおあさ)で編まれた縄が、

弥生時代の遺跡からは大麻の織物が出土しています。

縄文土器の美しい文様は、

撚った紐を押し当てたり転がしたりしてつけられのです。

 

「古事記」にも登場する麻という植物は、

やがて日本の宮中祭祀に欠かせない神聖な植物となっていきます。

天皇が即位した後、

初めておこなわれる新嘗祭「大嘗祭」では、

天皇は「麁服(あらたえ)」と呼ばれる大麻で織られた衣を着用されます。

戦後GHQにより有害性のある大麻の栽培は全面禁止となりましたが、

朝廷祭祀を司ってきた氏族の末裔にあたる

徳島の三木家により特別に栽培が許され調進されます。

 

Cannabis sativa - Köhler–s Medizinal-Pflanzen-026.jpg

大麻草

 

麻の繊維と繊維をはいだ後に残る麻幹(おがら)

 

 

 

~絹~

次に、軽くしなやかで美しい光沢を放つ絹織物をみていきましょう。

絹は紀元前300年ごろ(弥生時代)、

中国より稲作の技法とともに伝来しましたが、

長い間日本では粗雑な製品しか作ることができませんでした。

ゆえに飛鳥時代に貴族が身にまとっていた絹織物は、

ほとんどが渡来の製品で大変高価な貴重品だったわけです。

 

やがて日本に帰化した中国や朝鮮の職人たちにより、

少しずつ織物の技術が発展していきます。

当時の人々にとって貴重な布や生糸は、

中国の租税にならい

日本でも朝廷への貢物としておさめることが長く義務づけられていくことになります。

 

繭玉「小石丸(こいしまる)」

 

奈良時代より飼育されてきた古来の蚕品種「小石丸」は、

小粒ゆえ生産量が半分ほどに少なく

飼育も難しいため姿を消す運命をたどっていました。

皇室では代々宮中の御養蚕所(ごようさんじょ)で蚕を育て絹を紡いできましたが、

小石丸の生育を中止する議論がなされたとき、

美智子皇后が残すことを主張され存続されることになります。

 

1950年代の紅葉山御養蚕所(大正3年の皇居内に建てられました)

 

それから二十年の月日が流れた後の1993年、

正倉院御物の裂復元事業がはじまると

現在の改良された生糸では品質が劣っているため復元に適さないことが判明します。

復元を依頼された川島織物は、

古代種である小石丸の生糸が最適と判断し

小石丸繭の御賜下(ごかし)を願い出、

その申し出に快諾された陛下は

さらなる量産を約束し長期に渡り小石丸繭を提供されるのでした。

 

極々細くしなやかで

光沢も素晴らしい高品質な生糸は、

こうして貴重な天平時代の文化財を復元させる手立てとなったのです。

  • 114317
  • 紅葉山御養蚕所と正倉院裂復元のその後 皇后陛下喜寿記念特別展

 

 

 

~綿~

実用性に優れた綿織物は絹より後、

奈良時代に入りようやく日本の歴史に登場してきます。

平安時代、愛知の砂浜に漂着したインド船によって

綿花の種が日本に伝わったことが記録に残されていますが、

その栽培は難しくなかなか成功しませんでした。

室町時代になってようやく日本の気候風土のあった品種が朝鮮より渡来し、

国産綿花の栽培が始まることになります。

 

Feld mit reifer Baumwolle.jpeg

綿花畑

 

庶民の衣服は長く麻織物が主流でしたが、

柔らかく吸水性にすぐれ扱いやすい綿は、

日本人の暮らしへと急速に取り入れられていくことになります。

 

麻・絹・綿と代表的な織物の歴史を見てきました。

人の暮らしになくてはならない布織物は、

身体を保護するだけでなく

暮らしの様々な場面で無くてはならない製品となり、

やがて人々は様々な知恵をふくらませ

「包む」という行為を発展させていことになるのです。

 

正倉院の平包み

 

布ぼく 正倉院蔵

正倉院御物「平包み」

 

 

平らな布を広げ物を包むという文化は世界中に見られますが、

奈良時代の正倉院御物にも残されていますのでご紹介しましょう。

 

正方形に仕立てられたこの平布は、

舞楽の装束を包み

片側につけられた紐で固定して唐櫃へと保管されていました。

平安時代には「古路毛都々美(ころもつつみ)」と呼ばれ、

右下に内容物がわかるように墨書がなされています。

 

こうした便利な布がやがて現代にも残る風呂敷へと発展していくことになるのです。

 

 

 

2018年05月13日 up date

ブログ更新 その84「古典植物文様の貝合わせ」

2018年3月12日

 

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幼いころの記憶のひとつに、

砂浜にてんてんと散らばる貝殻を

ひろいあつめた思い出があるかもしれません。

 

それぞれの貝のかたちや色合いには

不思議なおもむきがあり、

未知の世界へと誘うものでした。
平安時代、

宮廷貴族のあいだで流行したあそびのひとつに

「ものあわせ」というものがあります。

 

絵合わせ、花合わせ、扇あわせそして紅葉あわせなど

題材はさまざまに、

持ち寄ったものにちなんだ和歌をそえて

その優劣を競うというものでした。

 

貝合わせも、

当初は和歌とともに貝の大きさや美しさ種類の豊富さ

などを競いましたが、

しだいに対となるハマグリを探すあそびへと発展していきます。

 

お姫様の婚礼調度品には、

夫婦の幸せを願って

豪華な装飾がほどこされた一対の貝桶が用意されました。

 

DSC_1847 桜の香り花びらと金彩貝合わせ

 

 

『貝合わせ』の遊び方

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最初に二枚貝をはずし地貝出し貝に分けておきます。

(二枚貝の頂を上にして合わせ、耳の短い方を自分の方に向けて両手に持ちます。

その時、右手にある貝は出し貝、左手にある貝を地貝といいます。

12個並べハマグリ貝、サスケさんも貝遊びに参加です。)

地貝を12個(天文学より12カ月に由来)をグルッと丸く並べ、

その外側には19個(7曜日を加えた数)を並べ、

さらに3周目4周目と計360個(1年の日数)の地貝を9列に並べます。

次に出し貝を一つ取り出して中央に置き、

その貝の形や大きさ・模様を見比べて対となる地貝を探し出します。

双方の貝を合わせピタッと合わさりましたら絵柄を公開し、

開いて伏せ自分の膝前におさめその数を競います。

このようにして対となる貝殻を探し当てるお遊びが貝合わせで

正式には「貝覆い(かいおおい」)と呼ばれましたが後に総称されます。

ちょうど女性の手の平におさまり

絵柄も描きやすいハマグリは、

伊勢二見産のものが最良とされました。

「伊勢桑名の焼蛤」という名言が残っているよううに

三重県伊勢の蛤はたいへん上質で将軍家にも献上されていました。

三年物で4~5㎝、七年物で6センチほどに成長するといわれる蛤ですが

七年物10粒で8000円という高級食材である蛤はたいへん高価なので

最近では中国産のものも出回っていますが、

貝合わせに用いる蛤はやはり国産のものが最良といわれています。

『潮干のつと』(喜多川歌麿、1790年)に出てくる貝合わせ図

 

 

 

貝合わせの絵柄には、

源氏物語や伊勢物語などの場面を描いたものや

美しい風景、植物、和歌など様々なものがあり、

貝の内側に和紙を貼り胡粉で下塗りをした上に

金箔や極彩色で仕上げられました。

 

今回は趣深い古典植物の花々の図柄を写しとり、

金彩をほどこされたハマグリに装飾していきましょう。

 

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自作の植物画シールです。

 

(材料)

金彩ハマグリ     二対

古典植物文様シール  2種類を各二枚

脱脂液・ニス

その他、小回りの効く小ハサミ・カッター・キッチンペーパー等

(作り方)

①金彩ハマグリの内側の油分を取りのぞいておきましょう。

脱脂液をつけたキッチンペーパーできれいにふきとります。

②植物文様を丁寧に切り抜きます。

模様の1ミリ外側のラインをカット、ハサミが届かない部分はカッターで切り取ります。

③貝の内側に当てレイアウトを決めます。

シールの紙をはがし手の油がつかないよう端から空気を押し出すように貼っていきます。

④シールをしっかり密着させ、はみ出した部分を切り取ります。(貝の丸みの内側ライン)

⑤最後にニスで仕上げ、完全に乾かしましたら完成です。

 

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今回は「朝顔」と「しゃくなげ」の2点を作製しました。

江戸時代の古典植物画には

何ともいえないレトロな雰囲気が漂います。

 

 

 

 

2018年03月13日 up date
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