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ブログ更新 その94 日陰蔓卯杖(ひかげかずらのうづえ)飾り

2019年12月

 

日陰蔓卯杖(ひかげかずらのうづえ)

 

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今年最後のレッスンでは、年始に飾る「日陰蔓の卯杖飾り」を制作しました。

90センチほどの日陰蔓に今年収穫された古代米を用い、四垂の御幣と金銀の水引装飾で飾ります。

では「卯杖」とは、果たしてどのようなものなのでしょう。

 

 

奈良平安時代、宮中では正月初めの卯の日に年中の邪気をはらうため、

杖で大地をたたく儀式が行われました。

奈良の正倉院にはこの神聖な行事に用いられた椿の杖が伝わっています。

正倉院宝物「椿杖」

正倉院御物「椿杖」 
     

卯杖(うづえ)

杖の材料は、梅・桃・椿・柊や柳などの陽木で

、5尺3寸(約1.6m)に切ったのち一本ないし二・三本を束ね、

五色の糸を巻いて寿詞の奏上とともに天皇へ献上されました。

「日本書紀」には、背丈程の杖を天皇のお部屋の四隅に立てて邪悪を払ったと記されています。

 

中国・漢の時代に起源があるとされるこの儀式は、

やがて個々の貴族へと広がり、

平安時代には縁起のものとして互いに贈りあうようになっていきます。

卯杖は、新年を迎えはじめて訪れる卯の日から節分まで、

室内の几帳や柱などに吊るして飾られました。

 

民俗学者である折口信夫先生は、この様に記しています。

 

「・・・正月に関係のあるもので、卯杖・卯槌など言ふものがありますが、

此は、元は地面を叩く道具だつたと思ひます。

此行事は、今は小正月にも行ひますが、

正確には、霜月玄猪の日に行つたもので、土地の精霊を押へて廻る儀式だつたのです。

後には、精霊は地中に潜むと考へた事から、

土龍(モグラ)などを想像する様になりましたが、此を打つ木がうつぎでした。

中がうつろだからうつぎ(空木)と言うたとも言はれますが、

昔のうつぎがあれであつたかどうかは訣りません。

とにかくうつぎと言ふ木はあつたのです。

其が変化して、うづちうづゑになつたのだと思ひます。・・・」

 

卯杖は、次第に神社の儀式にも取り入れられるようになり、

伊勢神宮では内宮外宮へ奉納されます。

 

京都の上賀茂神社では

現在でも卯杖を大神に奉納する神事がおこなわれており

2本合わせた空木の杖を

日陰蔓・藪柑子・石菖蒲(せきしょうぶ)・紙垂(しで)で飾った杖を

年始の門に掲げ参拝者を迎えています。

 

 

日陰蔓(ひかげのかずら)

 

日陰蔓は常緑シダ植物で

細長い茎を地面に這うように成長し、その長さは2~3メートルにも達します。

針状の葉は非常に細かく茎に密生し、

苔のようにも感じられますが、

日本では沖縄以外の山野に広く分布生育しているのです。

 

生命力あふれるみずみずしい日陰蔓は、

神聖な植物として古来より神事に使用されてきました。

新嘗祭などの儀式に集う官人の冠には、物忌みのしるしとして日陰蔓が飾られ、

それはのちに青や白糸で組んだ紐飾りへと姿を変えていったのです。

 

アメノウズメ命の画像

アメノウズメ命が槽(うけ・特殊な桶)の上で舞う神話の場面

 

 

また、『古事記』の有名な場面にも登場しますのでご紹介しましょう。

「…乱暴をはたらく弟・スサノウノ命に怒ったアマテラス大神は、

天の岩屋戸にお隠れになってしまいます。

すると、この世は暗黒に包まれ悪疫がはびこってしまうのでした。

困った八百万の神々は、高天原の安の河原に集まり相談をします。

そしてアメノウズメノ命が、

天の香久山の日陰蔓を(たすき)に懸け、肌もあらわに乱舞するとドッと神々の笑いが起こり、

そのあまりの賑やかさに大神がソッと覗かれたその時、

力の強いタヂカラオノ命が岩戸をグッと引き開け大神を外へと連れ出すのでした。

岩戸にはすぐさま注連縄が張られ、

すると再びこの世は光を取り戻し、穏やかな平安の世が訪れたのです。・・・」       古事記より

 

日陰蔓卯杖飾り

1835年から1851年に刊行された10編からなる生花の入門手引書

『生花早満奈飛(いけばなはやまなび)』には、

当時飾られた卯杖の絵が残されています。

このお飾りは、桃か柳の杖に日陰蔓を垂らし、

山橘ヤマタチバナ(藪柑子)・山菅ヤマスゲ(ヤブラン)・木綿ユフ(日本最古の布といわれる楮布)を飾り、

頭を松葉重か紅梅重の鳥の子和紙で包んで紐でくくり吊るしたものでした。

 

 

卯杖とは、現在ではあまり眼にすることのない儀式ですが、

その歴史は古く大変神聖なものです。

みずみずしい植物を用いたお飾りに仕立て、

皆さまに幸多い一年が訪れますようお祈り申し上げます。

 

令和元年  瑞雲

 

宮沢敏子

 

 

 

 

 

 

2019年12月20日 up date

ブログ更新 その92  京都「杉本家」花会

2019年8月4日

 

梅雨明けと同時に猛烈な暑さに見舞われた日本列島。

皆さま、体調大丈夫でしょうか?

 

外に出た途端に砂漠の地に降り立ったような、そんな気持になりますね。

 

こんな時は、無理をしないでスローペースで過ごすのが一番です。

どうぞ、無事に夏を乗り越えてください。

 

久しぶりのブログです。

6月そして7月に伺いました二つの会は、じつに趣深く日本の美の神髄を感じさせるものでした。

 

祇園会「杉本家」花会

重要文化財 杉本家住宅

 

京都の祇園祭は、

山鉾巡業とともに旧家の秘蔵品を飾る屏風祭りも見どころの一つといえるでしょう。

かつて『奈良屋』の屋号で呉服商を営んでいた杉本家は、

端正な伝統的意匠の建造物として国の重要文化財に指定され

現在は(財)奈良屋記念杉本家保存会が維持運営にあたっています。

 

 

2019年6月1日・2日の二日間、

花人である川瀬敏郎先生は、この住宅において花会を催されました。

 

朝一番に到着し幔幕のはられた屋敷に入ると、

空気は一変し時代を一気にさか戻ったように感じます。

 

表戸口から内玄関へ、さらに中庭を経て座敷に上がると

各部屋には、江戸時代のお軸や扇面を描いた華やかな屏風、

明の獅子香炉に支那簾さらに斑竹の文房棚や画帖など

 

国物、そして唐物の一級の品々がしつらえられていました。

 

それらを背景として生け込まれた先生の花は、

まるで昔からそこにあったかのようにしっとりと寄り添い飾られ

植物たちも、ここにいることがとても嬉しそう。

 

部屋を巡るごとに私の心はドンドン満たされ、いっぱいになっていきます。

 

 

当日は、初夏とは名ばかりの大変暑い京都でしたが、

前栽・中庭・坪庭・露地庭と300坪といわれる敷地に造作されたお庭によって

室内には心地よい風が通り抜けます。

 

窓から差し込む陽射しは、庇によってやわらぎ程よい明るさ。

 

これを日本家屋の妙というのでしょう。

 

ただただ、全てに感動するばかりでした。

 

 

 

2019年08月04日 up date

ブログ更新 その91「七夕 梶の葉」

2019年4月5日

 

今日は、桜日和の週末となりました。

今年の桜を皆さまどちらでご覧になっているのでしょうか。

私はここ数年、目黒河沿いの夜桜に足を運びます。

 

水面にうつる赤ちょうちんと桜の花は、それは美しく

見飽きることのない景色を目に焼き付けます。

 

そしてまた、年のせいでしょうか。

最近では、健康であることがいかに大切かを感じるようになりました。

 

好きなところに好きな時に、

自分の足で行くことができるということは、本当に素晴らしいことですね。

 

あたりまえのことが当たり前にできるように

弱っていく足腰を保ちながら齢を重ねていきたいと思います。

 

 

 

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今年は、皆さまと七夕の室礼を制作したいと考えています。

 

試行錯誤の結果、ようやく納得のいく梶の葉ができあがりました。

 

平安時代「乞巧奠(きこうでん)」と呼ばれていた七夕の節供では、

梶の葉に歌合わせの和歌を書きつけたのです。

 

墨ののりが大変よく平たく丈夫な梶の葉は、

庭先にしつらえたお供台に飾ったり

つの盥(たらい)とよばれた桶に水をはり浮かべるなどしました。

 

たいへんきれいな形の葉ですね。

 

さあ、これからデザインをまとめあげていきましょう。

 

お教室では 5月6月にかけて制作したいと思います。

どうぞ、楽しみになさっていてください。

 

 

 

2019年04月06日 up date

ブログ更新 その87「タイサンボクの花」

2018年6月21日

 

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今日は夏至の日。

一年で一番、日が長い日。

 

梅雨の晴れ間となったこの日

サーと目に飛び込んできたタイサンボクの花。

 

 

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それは見事に厚い花ビラをユッタリと広げ

二輪寄り添うように咲いていました。

 

別名「マグノリア」というこの花はモクレン科の植物で

初夏の訪れとともに高貴な芳香を放ちながら開花します。

 

花言葉は人生の展望が開けていくさまをあらわした「前途洋洋」。

 

その花言葉にふさわしいかのように

堂々と正面を見据えているかのような凛とした花姿は

気品に溢れ見るものを魅了してやみません。

 

なにかとても良い出会いをしたような

 

そんな気持ちにさせられる一日となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018年06月25日 up date

ブログ更新 その84「古典植物文様の貝合わせ」

2018年3月12日

 

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幼いころの記憶のひとつに、

砂浜にてんてんと散らばる貝殻を

ひろいあつめた思い出があるかもしれません。

 

それぞれの貝のかたちや色合いには

不思議なおもむきがあり、

未知の世界へと誘うものでした。
平安時代、

宮廷貴族のあいだで流行したあそびのひとつに

「ものあわせ」というものがあります。

 

絵合わせ、花合わせ、扇あわせそして紅葉あわせなど

題材はさまざまに、

持ち寄ったものにちなんだ和歌をそえて

その優劣を競うというものでした。

 

貝合わせも、

当初は和歌とともに貝の大きさや美しさ種類の豊富さ

などを競いましたが、

しだいに対となるハマグリを探すあそびへと発展していきます。

 

お姫様の婚礼調度品には、

夫婦の幸せを願って

豪華な装飾がほどこされた一対の貝桶が用意されました。

 

DSC_1847 桜の香り花びらと金彩貝合わせ

 

 

『貝合わせ』の遊び方

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最初に二枚貝をはずし地貝出し貝に分けておきます。

(二枚貝の頂を上にして合わせ、耳の短い方を自分の方に向けて両手に持ちます。

その時、右手にある貝は出し貝、左手にある貝を地貝といいます。

12個並べハマグリ貝、サスケさんも貝遊びに参加です。)

地貝を12個(天文学より12カ月に由来)をグルッと丸く並べ、

その外側には19個(7曜日を加えた数)を並べ、

さらに3周目4周目と計360個(1年の日数)の地貝を9列に並べます。

次に出し貝を一つ取り出して中央に置き、

その貝の形や大きさ・模様を見比べて対となる地貝を探し出します。

双方の貝を合わせピタッと合わさりましたら絵柄を公開し、

開いて伏せ自分の膝前におさめその数を競います。

このようにして対となる貝殻を探し当てるお遊びが貝合わせで

正式には「貝覆い(かいおおい」)と呼ばれましたが後に総称されます。

ちょうど女性の手の平におさまり

絵柄も描きやすいハマグリは、

伊勢二見産のものが最良とされました。

「伊勢桑名の焼蛤」という名言が残っているよううに

三重県伊勢の蛤はたいへん上質で将軍家にも献上されていました。

三年物で4~5㎝、七年物で6センチほどに成長するといわれる蛤ですが

七年物10粒で8000円という高級食材である蛤はたいへん高価なので

最近では中国産のものも出回っていますが、

貝合わせに用いる蛤はやはり国産のものが最良といわれています。

『潮干のつと』(喜多川歌麿、1790年)に出てくる貝合わせ図

 

 

 

貝合わせの絵柄には、

源氏物語や伊勢物語などの場面を描いたものや

美しい風景、植物、和歌など様々なものがあり、

貝の内側に和紙を貼り胡粉で下塗りをした上に

金箔や極彩色で仕上げられました。

 

今回は趣深い古典植物の花々の図柄を写しとり、

金彩をほどこされたハマグリに装飾していきましょう。

 

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自作の植物画シールです。

 

(材料)

金彩ハマグリ     二対

古典植物文様シール  2種類を各二枚

脱脂液・ニス

その他、小回りの効く小ハサミ・カッター・キッチンペーパー等

(作り方)

①金彩ハマグリの内側の油分を取りのぞいておきましょう。

脱脂液をつけたキッチンペーパーできれいにふきとります。

②植物文様を丁寧に切り抜きます。

模様の1ミリ外側のラインをカット、ハサミが届かない部分はカッターで切り取ります。

③貝の内側に当てレイアウトを決めます。

シールの紙をはがし手の油がつかないよう端から空気を押し出すように貼っていきます。

④シールをしっかり密着させ、はみ出した部分を切り取ります。(貝の丸みの内側ライン)

⑤最後にニスで仕上げ、完全に乾かしましたら完成です。

 

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今回は「朝顔」と「しゃくなげ」の2点を作製しました。

江戸時代の古典植物画には

何ともいえないレトロな雰囲気が漂います。

 

 

 

 

2018年03月13日 up date
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