雪月花
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その66「滋賀県・石山寺観月会と秘仏御開扉」

2016年9月12日

 

ようやく涼しい風も吹きはじめ

秋の訪れを感じるようになりました。

皆さま、お元気に夏を過ごされましたでしょうか。

 

今年の十五夜は9月15日とのこと。

満月の美しい月明りに包まれるのも、もうじきですね。

 

十年ほど前になるでしょうか。

私は滋賀県近江の旅へと出かけ、大変印象深いお月見の夜をすごしてきました。

今回は、そんなお話をさせていただきましょう。

 

20160823_174724 台風一過の空

 

 

~石山寺の観月会~

 

まだまだ初秋とは名ばかりの九月十二日、十六夜(いざよい)の良き日、

私たちは数日前に発生した台風の雲の流れを気にしつつ、

滋賀県大津の石山寺でおこなわれる観月会へとむかいました。

 

早朝に東京を出発し新幹線で米原へ到着、

近江を代表する料亭「招福楼」にて秋の会席料理をいただきます。

シットリとした老舗のたたずまいと素材を生かしたお料理そして器の美しさ、

京都に近いこの地は日本の東西の中間点として古来より権力者の集う場所であっただけに、

洗練されたもてなしを受けることができました。

 

食後、琵琶湖から流れ出す水郷のひとつ“豊年橋”から、

織田信長も楽しんだと伝えられる水郷巡りへと出かけましょう。

 

いまから四百年前、

豊臣秀次が宮中の舟遊びに似せてはじめたこの優雅な船下りは、

自生する葦の群生を保護するために今でも船頭さんによる手こぎ船にこだわっています。

キーコーキーコーという棹の音と共に、

飛来した野鳥や薄紫のホテイアオイの花が目を楽しませてくれることでしょう。

 

ベェネチアのゴンドラに乗ったときにも感じた

手漕ぎならではの水との一体感がなんとも心地よく

心と身体が和んでゆくのを感じます。

かれこれ一時間半あまりの水郷巡りを終えると

少しずつ空が黄昏てきたようです。

それでは、そろそろ石山寺のお月見へとむかいましょうか。

 

 

琵琶湖の湖南に位置する石山寺は、

747年に聖武天皇の勅願により創建された歴史ある寺院です。

 

京の都に近く川のほとりの風光明媚な地に建てられたこの寺には、

本尊である如意輪観世音菩薩の霊験を求めて

天皇はじめ多くの貴族らが訪れました。

また、紫式部を初めとする多くの女性達に愛されたことでも有名で、

石山寺の創建と観音様の霊験を絵と詞で記述した

「石山寺縁起絵巻/七巻」(重要文化財)には数々の逸話がしるされています。

 

石山寺縁起絵巻 第7巻第31段。母を助けるため身売りした娘が嵐に遭うも、一心に石山観音を念じると、白馬が現れ娘を水際まで引き上げる場面。背景には人買いたちの断末魔の様子が見える。その後、娘は結婚して母を養い、裕福で幸せな人生を送った。

「石山寺縁起絵巻」 第七巻第三十一段。

 

母を助けるため身売りした娘が嵐に遭い

船が転覆するも一心に石山寺観音を念じると白馬が現れ娘を助けたという

 

 

近年、中秋の名月にあわせた九月の数日間、

石山寺では観月会が催されています。

 

夕刻六時に開かれた門をはいると

境内全体は葦を原料として作られた和紙の風除けに包まれたロウソクが

千五百本も並べられ優しく足元を照らしていました。

今宵の月の出は七時半との事、

しばし本堂で催されている二胡の演奏に耳を傾けながら、

本尊である“如意輪観音”の霊験を求めた女性達をふりかえってみることにしましょう。

 

紫式部 『源氏物語』

「紫式部」部分 土佐光起画 石山寺蔵

 

十一世紀初頭、

村上天皇の皇女選子内親王に、

まだ読んだことにない物語をと所望された紫式部は、

構想の願いを込めて七日の間この石山寺に参籠されました。

折しも十五夜の月明かりが琵琶湖を美しく照らし出しています。

うっとりと月明りを浴びながら満月を眺めるうち、

脳裏にある文章が浮かび上がってくるのでした。

 

 

『・・・今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊恋ひしく・・・』

~十五夜の美しい月を眺める光源氏が、京の都での月夜の管弦遊びを恋しく思う~

 

この一節は後に「源氏物語」の「須磨の巻」に生かされることになるのですが、 

不意のことに紙の用意がなかった紫式部は、

手近にあった大般若経の裏にその一節を書きとどめたと伝えられます。

こうして石山寺の月夜の美しさに発想を得て誕生した「源氏物語」は、

平安の宮中人を夢中にさせ、

現代にいたるまで多くの人々を魅了し続けているのです。

 

藤原道綱の母 『蜻蛉日記』

紫式部が石山寺に参籠する以前の970年7月、

「蜻蛉日記」の作者である藤原道綱の母も京より石山寺に赴いています。

たいへん美しく才媛といわれた彼女ですが、

夫である藤原兼家の多くの女性関係に悩まされ続けていました。

愛の葛藤に疲れ果て観音様へ救いを求めて観音堂にこもります。

するとウトウトとした夢の中に寺の別当とおぼしき法師が現れ、

自分の右ひざにザブリと水を注ぎかけるのでした。

ハッと目覚めた彼女は、

この夢を“情念の炎を消しなさい”という観音のお告げと解釈します。

不思議と乱れた心は静まり、

十日の予定を三日に繰り上げ都へと帰り着くのでした。

 

菅原孝標の女(すがわらたかすえのむすめ) 『更級日記』

「更級日記」は、

幼いころから夢見る文学少女だった女性の

少女時代から老境に至るまでの四十年を回想して綴られた自叙伝です。

「源氏物語」に深く心酔していた彼女は、

1045年、憧れの石山寺へと詣でるのでした。

夕刻まどろんでいると夢の中に麝香を手渡す者があらわれ

早く御堂で焚くよう促します。

その後、何とも心地よく目覚めた彼女は

この夢を観音様の霊験ととらえ、

帰郷した折には祈願したことが続いて現実のこととなり非常に喜ぶのでした。

 

その他に「枕草子」を執筆した清少納言や

「和泉式部日記」の和泉式部など

おおくの女流文人が石山寺におもむき参籠を果たしたと伝えられます。

 

 

 

あ、あたりの暗さが増すと共に

ロウソクの炎のゆらめきが一層美しく感じられてきました。

もともと岩山だったこの寺は、

他にはない独特の景観をもっています。

琵琶湖から流れ下流は宇治へと続く寺院の瀬田川沿いには、

岩に木の柱を打ちつけて建てられた月見台「月見亭」がありますので、

そちらへと足を運んで輝く月の光を浴びることにしましょう。

 

毎年必ず巡りくる十五夜ですが、

今宵は紫式部はじめとする女性文人たちへと思いを馳せて、

いつもとは違う趣のお月見となりました。

 

 

石山寺秘仏御開扉

 

大本山 石山寺 本尊 如意輪観世音菩薩 御開扉 特別拝観 平成28年3月18(金)〜12月4日(日)

 

2016年

本年は滋賀県琵琶湖の湖南に位置する

石山寺ご本尊「如意輪観世音菩薩」御開扉の年を迎えました。

 

三十三年に一度しかお会いできない秘仏ですので

どうぞ滋賀方面へとお出かけの際にはお立ち寄りください。

京都からも近くJRで15分ほどで石山駅につき

そこからタクシーまたは私鉄でほどなく寺院へと赴けることでしょう。

 

私は先週末急遽、石山寺参拝を済ませてきましたので

その様子もご報告させていただきます。

 

20160911_150309

 

石山寺の門前です。

五色の旗が飾られなんとなくワクワクと気持ちが浮き立ちますね。

さあ10年ぶりの石山寺詣。

早速、観音様にお会いしに本堂へと向かいましょう。

 

 石山寺本堂(国宝)

 

 

ご本尊である如意輪観世音菩薩は、

平安時代後期の作で約5メートルもある大きな仏様です。

薄暗い本堂に鎮座されたそのお姿は、

ふっくらとした優しい面差しながらも威厳に満ちておりました。

 

観音様の御手には五色の紐が結ばれており、

その端は参拝者の近くへとつながり

誰もが触れることができます。

 

聖武天皇はじめ多くの貴族たちが

観音様の霊験を求めまた、極楽浄土を願って

こうして同じように観音様の御紐を握られたことでしょう。

 

いつも眺めるだけしかできない観音様の御手にフッと触れたように感じられ

何ともありがたく手を合わせます。

 

 

 

それでは次に、

小高い岩山である寺院の散策へとむかいましょうか。

 

20160911_143238

緑多い寺院には萩の花が咲き誇り、

秋の訪れを感じさせます。

 

20160911_143005

日本最古といわれる美しい様式の木造多宝塔(国宝)。

 

20160911_145341  岩の上に杭を打ち建てられた月見台

 

以前訪れた時は観月会の夜でしたので

闇夜のなか蝋燭の揺れるあかりを頼りに月見台へと足を運びました。

月見台の下方に流れる瀬田川の上に大きな満月が輝いて

その月光が水面にまでゆらゆらと写しだされ

それは幻想的に感じたものです。

 

時を経てふたたび訪れることのできた幸せに感謝するとともに

坂道がこんなに辛かったかしらとも感じ、

年を重ねたことの現実も実感する旅となりました。

 

古代から祖霊信仰の霊場として栄え、

聖徳太子や最澄・空海により開山された歴史ある古寺が存在する琵琶湖畔。

 

現在寺院の数は京都を上回って日本一を誇り、

また観音菩薩像を本尊とする寺が群を抜いていることも近江霊場の特徴でしょう。

 

観音信仰は平安時代から女流文学者の信仰を集め

紫式部や清少納言をはじめ多くの女性たちの心をひきつけてきました。

 

私も文章を書く者として霊験あらたかな石山寺・如意輪観世音菩薩様に

お会いできたことを励みに、

これからも勉強を続けて行きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年09月12日 up date

その65「広島平和記念公園」

2016年5月27日

 

現職の米国大統領として初めて被爆地・広島を訪れたオバマ大統領。

映像に映し出されるこの歴史的瞬間をみていると

かつて訪れた日々が思い出されます。

 

20140816_102411

 

 

 

2年前の2014年8月、

私は出雲から松江そして広島へと旅をしました。

今まで仕事に明け暮れていたオットに

私がかつて訪れた日本の美しい景観を

ぜひ見てほしいと計画した初めての旅でした。

 

 

20140813_133812

 

 

 

20140813_133552

最初に訪れたのは、島根県出雲大社。

 

三重の伊勢神宮で感じた

背筋が伸びるかのようなキリっとした空気とは異なり

いつ訪れても何とも温かい気持ちに包まれる神社です。

 

60年に一度の本殿遷宮を済ませたばかりの出雲大社は

多くの人々でにぎわいを見せていました。

 

この数年来、

遷宮にまつわる行事に参加するために何度も訪れていた事もあり

良く来ましたね

と、迎えられているかのような心地よさに包まれます。

神聖なる空間に身を置くだけで幸せを感じるのはどうしてでしょう。

 

良きご縁を授けてくださった神様に

ようやくお礼をお伝えすることができました。

 

 

 

 

20140814_102035

 

次に、

米国の「ジャーナル・オブ・ ジャパニーズ・ガーデニング」に

13年連続日本一の庭園に選ばれた足立美術館へむかいます。

白砂の敷き詰められたその庭園は

後方の山々の景色も意識して端正に造作されており

ため息が出るほどに美しく

いつまで眺めていてもあきることがありません。

 

また、コレクションである横山大観のひとつひとつの絵には

感情を内へと封じ込める日本人の奥ゆかしい美意識があふれており

見るものを惹きつけます。

 

 

 

 

 

暮れて翌日、

今日は美しい城下町松江へと向かいましょう。

 

 

 

天守 (国宝) 松江城の国宝天守閣

 

キーコキーコと船頭さんの漕ぐ

松江城の堀川巡りは

目線も低く水と一体となるかのような

舟遊びの心地よさを感じさせてくれます。

 

松江のお殿様は、有名な茶人でもあった松平不昧公(ふまいこう)。

 

江戸中期、千利休の登場もあり茶の湯は隆盛を極めました。

鎌倉期より盛んに輸入された裂地は

大切な茶道具を包む袋として姿を変えていきます。

 

 『古今名物類聚(こきんめいぶつるいじょう)』とは、

不眛公によって編まれた十八冊編纂の茶道具書ですが

そのうちの2冊が「名物切の部」で、

実物の百五十種あまりの美しい裂を丁寧に貼った

“裂手鑑(きれてかがみ)”

として超一級の価値を誇っています。

 

金箔を織り込んだ金襴や緞子

縞や段、格子文様の間道

錦・印金・インド発祥の染色裂更紗

そしてビロードやモールなど

 

これら一級品の布地は、茶道具の仕覆や

お軸の表装などに使われたのです。

 

財政を湯水のように使って収集し

松江藩を困窮にさせた殿様ですが、

 

その優れた審美眼によって

どれほど日本の織物染色技術また意匠の発展が促されたことでしょう。

 

また、お茶好きのお殿様のおかげで

松江城下には多くの和菓子店があり

銘菓巡りも楽しみのひとつとなっています。

 

 

 

 

そして最後に、

私たちは広島を訪れたのです。

 

小雨模様の安芸の宮島・厳島神社は、

 

厳島神社4

 

 

20140815_154808

 

以前訪れた時とは異なり

静かにどこか寂しげにそこに佇んでおりました。

 

無事に参拝を終え市内のホテルへと戻ります。

 

当初、旅の予定はここまでとしていましたが

昨晩食事したお店で出会った広島の若者たちの楽しげな笑い声と

昨日とはうって変わった青空に

広島市内へと出かけることにします。

 

世界で初めて核爆弾が落とされた街として有名な広島は、

私にとってハードルの高い場所であり

行かなければという思いとは裏腹に

脚を運ぶことのできない地だったのです。

 

路面電車に揺られ辿り着いた広島平和記念公園は、

樹々の緑美しく、広い空間に風の流れるのが心地よい場所でした。

 

見渡すと幾度となく映像で見た建物がそこにあります。

平和の鐘、原爆供養塔

そして円形の鉄枠をさらす原爆ドーム。

広い公園を囲むように流れる川面は

キラキラと夏の日差しを受け輝いていました。

 

しかし式典が行われる原爆死者慰霊碑の広場を歩いていると

 

急に胸が締め付けられ

涙があふれ嗚咽を抑えることができなくなったのです。

 

20100722 Hiroshima Peace Memorial Park 4478.jpg

 

かつてこの場所に倒れ込んだ多くの人々の悲しみが

私の身体をとおして浮かび上がってきたかのように

自分の意志に関係なく沸き起こる制御のきかない現象に

私たちは足早にその場所を後にするのでした。

 

原爆ドームを背に演説するオバマ大統領の眼差しには

71年前の惨劇が浮かび上がっていたことでしょう。

その真摯な演説を聞きながら、

リーダーとなる人の素養がいかに大切かということを感じ

 

また、被爆者である91歳の坪井直(すなお)さんの

痛み苦しみ葛藤を乗り越えた人だけが見せる天真爛漫な笑顔と

大統領に語りかけた

・・・アメリカではなく人類の過ちであった。未来に向かって頑張りましょう・・・

 

という言葉に人間の尊い姿を見るのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年05月31日 up date

その64「日本の香り事始め 3~飾る~」五節句・重陽

2016年4月30日

 

『日本の香り事始め』     供える

                     くゆらす

                      飾る

                      清める

                      身に纏う

 

 

 

 

『日本の香り事始め』 ~その参「飾る」~

 

あなたの記憶の扉を開いてみると、

幼い日から積み重ねてきた

多くの香りの印象が刻み込まれていることでしょう。

 

人間がいてそして自然がある

という西洋の考え方に対し、

自然とともに人は存在する

という東洋的思想の中で暮らしてきた私たちにとって、

自然と共に歩むことは当たり前のことであり

また、大きな喜びでもありました。

 

知床つめくさ

 

四季の移り変わりとともに食卓を彩る旬の素材、

順番を待つように咲き始める花々、

山肌を眺めれば芽吹きから若葉そして成長し枯れ落ちるまでの樹々の営みに

人の一生を重ね合わせることもあったことでしょう。

 

季節を大切に過ごす

日本の人々に継承されてきた五節句の風習には、

自然からはなたれる芳香があふれているのです。

 

お教室で制作してきた様々な室礼飾りを振り返りながら

四季折々の日本の香りを

ご一緒に思い浮かべてみることにしましょう。

 

 

九月九日(重陽・ちょうよう)

九という陽の数字が二つ並ぶ

おめでたい重陽の節句には、

菊花を飾り、

花びらを浮かべた菊酒を飲み、

綿を被せて一晩置いた菊の露で肌をぬぐ う

などして長寿を祈ります。

菊のお酒

奈良時代にもたらされた菊の花は、

中国では梅・竹・蘭と共に四君子として敬われていました。

「菊花のポプリ」

菊花のポプリ

菊の花は大変に乾きにくいお花です。

花びらをばらして

重ならないように紙の上に広げ、

温風器の前やコタツの中を利用して乾かすと良いでしょう。
ハッカやセージは

軽くもんで香りをたて

丁子と八角は乳鉢であらく砕いて調合し、

密閉した状態で1~2週間ほど冷暗所で熟成させ

それぞれの香りをなじませます。

すべての香りが混じり合い

香りがひとつに調和しましたら、

お気に入りの器に盛り付け、

紅葉や赤い実などを飾って

菊花の咲き乱れる秋の日を演出してみましょう。
菊は花葉ともに薫り高い植物ですので

あえて香りのオイルは加えずに仕上げ、

古代中国の時代から愛されてきた

菊本来の清らかな香りを楽しむことにいたしましょう。 

 有職飾り「錦秋の薬玉」

 有職飾り風・錦秋の薬玉  

大輪の菊に

赤もみじ・黄色イチョウ

そしてススキや小菊など

季節を彩る草花を合わせ、

淡路結びをほどこした六色の組紐で構成した薬玉飾り。

紐はスゥッと長く下へと垂れ下がり、

床になびく様が大変優雅でしょう。有職飾り風・錦秋の薬玉

普段なかなか目にすることのない有職飾りを、

ぜひ暮らしに取り入れて欲しいという思いから

製作してみました。

その色彩は極彩に近いもので構成され

また、陰陽道とも深く結びつき独特の美しさを放っています。

 重陽の節句飾り 「茱萸嚢(しゅゆのう)」

20151110_164808

古代中国では

9月9日の重陽節に、

実のついた山茱萸の枝を頭に挿して小高い山に登り、

気持ち良い秋の風に吹かれながら

菊酒を飲んで災いを払う風習がありました。

これが日本へと伝わり、

奈良平安時代の宮中では

菊花と赤い実をつけた山茱萸の造花を

“あわじ結び”を施した美しい袋に飾る

『茱萸嚢』が作られ、

翌年の端午の節句の薬玉飾りと

掛け替えるまで

自邸の御帳台の柱に吊るし魔除けとしました。

茱萸嚢の中には

乾燥した“呉茱萸/ごしゅゆ”の実をおさめます。

ピリッとした独特の強い芳香には

虫を遠ざけ毒を消し去る力が秘められおり、

辛みが強い程に良品といわれ

20160209_160905

邪気や病い・湿気までを取り除く力が

みなぎっているとされています。

 

 「寒椿の香袋」

寒椿の香袋

日本の全土に自生する椿の花は、

その昔ヨーロッパへと渡り

エキゾチックな“東洋の薔薇”と称されました。

フランスの小説家デュマの綴った『椿姫』は、

高価な椿を毎日取り寄せ飾った

美しい娼婦マルグリットの悲しい恋の物語です。

青年アルマンの真実の愛に気付くも

不治の病にかかり、

椿の花がポトリと地面に落ちるように

その美の絶頂で息絶えたマルグリット・・・。

彼女の髪に飾られた東洋の薔薇をイメージし、

白檀をベースに

オールドローズの香りを合わせて

椿香の香りといたしましょう

 「五穀豊穣の稲穂飾り」 

 五穀豊穣の稲穂飾り

11月23日に執り行われる「新嘗祭」は、

その年に収穫された穀物に感謝を込めて

神様にお供えをし、

天皇自らも新穀をはじめて口にされる宮中行事です。

農耕民族である日本の稲作は、

縄文時代からはじまりました。

お米は精霊が宿る神聖な穀物として、

日本人の精神に特別な思いを持って

刻み込まれていくことになります。

今年収穫された稲穂と榊葉をもちいて

「五穀豊穣の稲穂飾り」を製作しましょう。

重たげに穂を垂れる稲を

一本一本清めていくと、

どこか懐かしいような稲藁の匂いにつつまれ、

幼い日に父の田舎で遊んだお米の収穫の風景がよみがえってきます。

パンやスパゲッティなどが

食卓に並ぶようになり、

毎日食することのなくなったお米ですが、

旅先の車中からながめる田んぼの風景は

いつも私の心を和ませてくれます。

爽やかな5月の風に揺れる水面の早苗、

天に向かって伸びゆく初夏の若草、

重たげに穂を垂れ実りにさえずる雀たち、

そして収穫の後の静まり返った田の風景。

季節とともに変わりゆく

その風景に触れるたび、

自然の摂理がかくも正しく巡回しているように感じ

心は安堵するのでしょう。

日本の原風景といえる稲田は、

これからどうなっていくのでしょうか。

できることならば未来の子供たちとも

この感慨を共有したいものと願います・・・。

 

2016年05月07日 up date

その63「日本の香り事始め 3~飾る~」五節句・七夕

2016年4月26日

 

『日本の香り事始め』     供える

                     くゆらす

                      飾る

                      清める

                      身に纏う

 

 

 

 

『日本の香り事始め』 ~その参「飾る」~

 

あなたの記憶の扉を開いてみると、

幼い日から積み重ねてきた

多くの香りの印象が刻み込まれていることでしょう。

 

人間がいてそして自然がある

という西洋の考え方に対し、

自然とともに人は存在する

という東洋的思想の中で暮らしてきた私たちにとって、

自然と共に歩むことは当たり前のことであり

また、大きな喜びでもありました。

 

知床つめくさ

 

四季の移り変わりとともに食卓を彩る旬の素材、

順番を待つように咲き始める花々、

山肌を眺めれば芽吹きから若葉そして成長し枯れ落ちるまでの樹々の営みに

人の一生を重ね合わせることもあったことでしょう。

 

季節を大切に過ごす

日本の人々に継承されてきた五節句の風習には、

自然からはなたれる芳香があふれているのです。

 

お教室で制作してきた様々な室礼飾りを振り返りながら

四季折々の日本の香りを

ご一緒に思い浮かべてみることにしましょう。

 

 

七月七日(七夕・しちえ)

七夕は、

牽牛星が天の川を渡り

一年に一度織姫星に会うという中国の伝説が、

日本の棚織姫の信仰と交じり合いできた星祭り。

夜空を眺めて梶の葉に歌をしたためたり、

庭に並べた棚にお供えをし

五色の糸を張るなどして機織や手芸の上達を祈るお祭りです。

「潮騒のポプリ」

潮騒のポプリ

まだまだ幼いと思っていた若葉が

いつの間にか成長を遂げ、

生き生きと力強く息づいてきました。

大地をうるおす梅雨が過ぎ去れば、

まぶしい初夏の光りにつつまれるのも間近でしょう。

さあ今回は季節を先どりして

「潮騒のポプリ」をつくりましょう。

貝殻や砂に苔の香りを揉み込んで作った粘土の珊瑚など

海からの贈り物を飾りつければ、

爽やかな香りとともに遠い潮騒の音が聞こえてくることでしょう・・・。

「香り貝合わせ」

 香り貝合わせ 

幼いころの記憶のひとつに、

砂浜にてんてんと散らばる貝殻をひろいあつめた

思い出があるかもしれません。

それぞれの貝のかたちや色合いには

不思議なおもむきがあり、

未知の世界へと誘うものでした。

平安時代、

宮廷貴族のあいだで流行したあそびのひとつに

「ものあわせ」というものがあります。

絵合わせ、花合わせ、扇あわせ

そして草あわせなど題材はさまざまに、

持ち寄ったものにちなんだ和歌をそえて

その優劣を競うというものでした。

貝合わせも

当初は和歌とともに貝の大きさや美しさ

種類の豊富さなどを競いましたが、

しだいに対となるハマグリを探す

あそびへと発展していきます。

お姫様の婚礼調度品には、

夫婦の幸せを願って

豪華な装飾がほどこされた一対の貝覆いが用意されました。

それでは、貝に詰めた香りを聞きわけてあそぶ

「香り貝合わせ」をつくりましょう。

二枚貝をきれいに洗い、

二つずつ匂いの強い香料を詰めて絹布でくるみます。

さあ、あなたはいくつ香りを当てることができるでしょうか。

「蝉の訶梨勒」

蝉の言可梨勒(かりろく)

その昔、

幻といわれた訶梨勒の実は、

スッとしたニッキのような芳香をそなえていますが、

香料としてだけでなく薬としての価値も高いものでした。

光明皇后が

亡き夫・聖武天皇の冥福を願い

正倉院におさめた数々の御物の中にも

その名は記載されており、

平安時代栄華を謳歌した

藤原道長も服用したと伝えられる訶梨勒は

「一切風病の治療薬」として万病に処方されました。
 

今回は吉祥の文様でもある

蝉をかたどった装飾掛香に、

訶梨勒の実と伝統的な香料を調合しておさめます。

複雑に絡み合うそれぞれの香りは、

やがてひとつの完成された芳香を放ち

雅やかな室礼となることでしょう。

 「蓮の実のポプリ」  

蓮の実のポプリ

「蓮の実のポプリ」には、

終わりを告げ

来世へと命をつなげた植物を集めて盛り付けましょう。

キラキラと水面を揺らす陽の光のように美しい龍脳は、

天上の花にふさわしい蓮に寄り添うようにして香りを放ち

静かにその生涯を讃えます。

龍脳とは、

龍脳木からとれる白い結晶で

スッと頭上へと抜けるような清涼感あふれる芳香と

高い防虫効果から香袋には欠かせない材料といえるでしょう。

20140909_112405

お料理のように中高に

そして立体的に蓮の実のポプリを盛り付けましょう。

ともにしつらえたお軸は、

平安時代に写経された泉福寺「装飾華厳経切」です。

このお軸との出会いは父が亡くなったときでした。

父の葬儀の時、

古物を扱っている義兄がそっと飾ってくれたのです。

私の心が現世を去り天へと召した父へと

向かっていたからでしょうか。

連なる端正な文字を眺めていると

何とも表現しがたい美しさに心が引き込まれます。

それ以後このお経が私の心から離れることはありませんでした。

一年を経たころ

父の供養にぜひ写経を飾りたいと思い立ち相談したところ、

このお軸を譲ってくれたのです。

それからこのお軸は

私の無二の宝物となりました。

蓮のポプリとともにしつらえると、

香りとともに

目を伏せ静かに微笑む

頑固で一途だった父の面影が思い出されます。

 

2016年05月07日 up date

その62「日本の香り事始め 3~飾る~」五節句・端午

2016年4月12日

 

『日本の香り事始め』     供える

                     くゆらす

                      飾る

                      清める

                      身に纏う

 

『日本の香り事始め』 ~その参「飾る」~

 

あなたの記憶の扉を開いてみると、

幼い日から積み重ねてきた

多くの香りの印象が刻み込まれていることでしょう。

 

人間がいてそして自然がある という西洋の考え方に対し、

自然とともに人は存在する という東洋的思想の中で暮らしてきた私たちにとって、

 

自然と共に歩むことは当たり前のことであり

また、大きな喜びでもありました。   知床つめくさ

 

四季の移り変わりとともに食卓を彩る旬の素材、

順番を待つように咲き始める花々、

山肌を眺めれば芽吹きから若葉

そして成長し枯れ落ちるまでの樹々の営みに

人の一生を重ね合わせることもあったことでしょう。

季節を大切に過ごす 日本の人々に継承されてきた五節句の風習には、

自然からはなたれる芳香があふれているのです。

お教室で制作してきた様々な室礼飾りを振り返りながら

四季折々の日本の香りを ご一緒に思い浮かべてみることにしましょう。

五月五日(端午・たんご)

「兜包みの五月飾り」

兜包の五月飾り

邪気を払うといわれる薬草”菖蒲葉”と、

礼法から生まれた折形を組み合わせたデザインです。

折型とは、

室町時代の武家社会において和紙に包んで贈り物をする

という大切な礼節として誕生し、

包む中身によって多種多様な造形が生み出されました。

特徴的なシボの入った高級和紙”檀紙”

布で作った菖蒲の若葉

爽やかな新緑の楓をあわせ、

白と緑のシンプルながら格調高いお飾りへと仕上げていきます。

「杜若の結び文」

杜若の結び文

五月の爽やかな風の流れる湿地に

紫のグラデーションを描くように咲き乱れる杜若。

この花は多くの芸術家に愛された姿美しい名花といえるでしょう。

美しい色合いの薄絹で

花びらを一枚ずつ縫い上げ、

真っ直ぐに伸びる細葉と一枝の青楓を添え、

根元には薄様の和紙に香をしのばせた文を結び仕上げました。

“結び文”とは

古来の手紙の様式のひとつで、

季節をいろどる花や木の枝を手折り

贈り物や手紙に添えて届ける、

なんとも風情あふれる習わしです。

結び文の香は

5月から6月にかけて出回る青山椒の実に

桂皮や丁子を合わせて調合しました。

その香りはじつにすがすがしく、

杜若・青楓・青山椒と季節を同じくする者同士

大変相性の良い組み合わせとなりました。

2016年05月07日 up date
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